▼ベーシックインカムとはどのようなものか
▽定義
最初にベーシックインカムが今日、どのように定義されているのかを確認しておきたい。参考にするのは山森亮『ベーシックインカム入門』(光文社新書)である。
一般的に次の3つの条件を満たすものがベーシックインカムと呼ばれる。
第一に、無条件給付であること。個人に対して、その人がどのような状況におかれているかに関わりなく無条件に給付される。
第二に、ベーシックインカム給付は非課税であること。それ以外の所得はすべて課税される。
第三に、望ましい給付水準は、個人が尊厳をもって生き、実際の生活において選択肢を保障するものであることだ。
▽特徴
次に、ベーシックインカムがどのような特徴を持っているのかを見てみよう。
ベーシックインカムは、サービスやクーポンなどの現物ではなく、現金で給付される。だからそれを、いつ、どのように使うかの制約はない。
ベーシックインカムは人生のある時点で一括して給付されるのではなく、毎月ないしは毎週といった定期的な支払い形態をとる。
ベーシックインカムは、公的に管理される資源の中から、国家や地方自治体などによって支払われる。
また、生活保護が世帯にたいして給付されるのに対して、ベーシックインカムは個々人に支払われる。
生活保護は、収入、資産、能力の有無などの資力調査によって受給資格を判定するが、ベーシックインカムは、無条件給付であるため、資力調査の必要がない。これによって一連の行政管理やそれにかかる費用が必要なくなる。
生活保護は、収入があればその分を保護費から差し引かれるが、ベーシックインカムの場合は収入がいくらあっても給付額に変更はない。
前号で紹介した竹中平蔵の「月7万円のベーシックインカム」は、「所得が一定の人はあとで返す」というものだった。ベーシックインカムに「あとで返す」という考え方ない。竹中案は現行の生活保護制度に準拠したものであり、これをベーシックインカムと称することは詐欺に等しい。
▽メリット
生活保護などの一般的な公的扶助の場合は、所得が増えると給付の権利を失うため、労働への動機づけが損なわれる。これが「貧困のわな」「失業のわな」「福祉のわな」と呼ばれるものだ。ベーシックインカムは、所得はそのまま給付額に上乗せされるため、「貧困のわな」を回避することができる。
また低賃金でも有用な労働への就労を促す効果もある。それとは逆に、低賃金で劣悪な労働条件の仕事につく必要が少なくなる。
個人に対して給付されるため、家事や子育てなどの仕事に報いることができる。こどもも支給対象なので、「こどもの貧困」の解消に寄与することができる。
これ以外にも、税負担の公平性が保たれる。AI化などのグローバル経済の変化に対応できる。生涯教育や職業訓練などが容易になるなどメリットがあげられる。
▼無条件給付は正当化されるか
▽リアルリバタリアン
以上のようなメリットを列挙されたとしても、すべての人に無条件でお金を配ることにたいして抵抗を感じる人は多いだろう。無条件給付は正当化されるのか。ベーシックインカムの有力な論客の1人であるフィリップ・ヴァン・パリースの主張を検討してみたい。
パリースは、ベルギー出身の政治経済学者で、彼の批判の中心は新自由主義にたいするものである。彼は「資本主義社会のどこがまちがっているのか」を知るために、まず、マルクス『資本論』の綿密な読み込みからはじめ、左翼が「守り」に終始した戦いを超えるためのイデオロギー的な活力を取り戻すためには、新自由主義思想そのものやリバタリアン的な資本主義擁護論を真剣に議論すべきだという確信を抱くと同時に、ベーシックインカムという着想を得たという。そしてパリースは自分の立場をリアル・リバタリアンと称している。
リバタリニアリズム(自由至上主義)は、資本活動への規制や福祉国家に対して否定的な態度を示すなど、その右派的な政治姿勢が特徴である。しかし、パリースが主唱するリアルリバタリアニズムは、ベーシックインカムを導入することによって新自由主義の攻撃から福祉国家の理念を守ろうとする主張である。それは左派リバタリアニズムと呼ぶこともできるだろう。
▽非優越的多様性
リアルリバタリアニズムにとって、自由な社会とは「その成員たちが実質的に自由な社会」をさしている。「実質的に自由な社会」とは、「個々人がしたいと欲する化もしれないことを何でもする機会が最大化されている社会」のことである。したがって、さまざまな理由によって最も機会に恵まれていない人から順番に、機会を最大化していくことが求められる。そのためパリースの考えるベーシックインカムは全員が同額の給付を受けるわけではない。
たとえば他の人よりも優れた才能が有している人が、その才能の多様性ゆえにより多くの収入を得る機会が正当化されるなら、障がいがあるという多様性(「非優越的多様性」)のために、他の人が有している収入を得る機会に恵まれない人が、より多くのベーシックインカムを受けることもまた正当化されるべきだ、という考えである。
▽ギフトの公正分配
パリースは、現代の社会経済システムを「一つの巨大なギフト(贈与)装置」と捉えている。これは『正義論』で有名なアメリカの政治学者・ジョン・ロールズの「才能のプーリング論」に依拠した考え方だ。ロールズによれば、「人びとが社会的協業関係にまったく依存することなしに彼ら自身の才能によってのみ生産しうるものは彼らのものとして残されなければならないが、それ以外の部分、すなわち社会的協業関係の便益は万人にシェアされてよい」と考えている。
資本主義社会においては高度に分業体制が発達しているため、とくに先進国においては社会的協業関係に依存しない生産はほとんど存在しない。だからパリースは、「われわれが受け取るギフトの大部分は、われわれが遂行するジョブ(仕事)にたいする報酬の一部として—非常に不公平に—分配されている」ことになる。
この事実がパリースの信念を形成している。すなわち「資本主義社会は受け入れがたい不平等に満ちている」という信念である。(つづく)