12月12日、エルおおさ南館ホールにおいて、「戦争教科書」はいらない!大阪連絡会の主催で、「中学校教科書採択全国報告集会2020」がおこなわれた。育鵬社の教科書採択を激減に追いこんだ市民のたたかいが報告され久しぶりに勝利感にあふれる集会となった。(佐野裕子/以下、報告要旨)

▼草の根保守の後退

上杉聡さん(子どもたちに渡すな!あぶない教科書・大阪の会/共同代表)

 今回、大きな成果を上げることができた要因のひとつは、全国各地での取り組みの中で、情報開示を請求し、教育委員会に働きかけ、周囲に様々な情宣をして、育鵬社を追い詰めたことです。

 そしてもう一つの要因として、草の根保守の各地の行動が弱くなったことをあげました。ある右派・商工会議所系と思われるフェイスブックに、「日本教育再生機構大阪解散式」ということが出ていました。日本会議の下部組織で育鵬社の教科書を広める目的にできた団体ですが、5年前にアンケートの不正をおこない、去年の10月に解散しています。5年前の不正アンケートの後遺症でほとんど活動できず、結果、今年の大阪での採択では、歴史はゼロ、公民がわずか1という結果になりました。

 その背景に、日本教育再生機構常務理事の宮崎正治という人物が2016年5月に死亡したことがありました。宮崎正治はフジ住宅不正アンケートを指導した人物で、モラルを問われる教育の場で不正をおこなったために、当時の馳文科大臣に「育鵬社は猛省を」と言われて、社会的信用を失って打撃を受けたのです。もう一つの背景に、去年の参議院選挙で安倍政権は3分の2の改憲勢力を確保できず安倍勢力が後退、維新も都構想住民投票で敗北、さらにアメリカでもトランプが敗北と、大きな転機の中で、育鵬社を追いつめることができました。

 これからも最終勝利へ向けて、私たちは手を緩めることなく、大きな視野で、改憲勢力を根絶やしにするたたかいを進めていく必要があります。

▼市民の教科書運動の力

伊賀正浩さん(子どもたちに渡すな!あぶない教科書・大阪の会)

 今年の採択の情勢を2015年と比較すると、歴史においては、育鵬社が6・3%から1・1%にシェアを減らし、その分、東京書籍と帝国書院に加えて新規参入の山川出版の3社がかなり拡大しました。公民については、東京書籍が約6割を超すところまで伸ばし、帝国書院も一定伸ばし、育鵬社は5・7%ら0・4%に、自由社は公立学校では0%に下げています。シェアをあげている教科書の中身を今後、検討していく必要があります。

 道徳についても、東京書籍や日本文教出版が減らして、光村図書が一定増やしています。光村図書は記述の後退が反映されているかもしれません

▽採択地域の傾向

 育鵬社を採択した地域について、都道府県の教育委員会が管轄しているところと、市町村が管轄しているところを比較してみました。すると、傾向として、都道府県の教育委員会は、その地域の首長の政治的影響を受けやすく、宮城県、埼玉県、千葉県、山口県、福岡県では中・高一貫校中心に、数は多くないが育鵬社が採択されました。市町村では、多くが不採択となりました。そういう中で特異なのは、石川県の金沢市、小松市、加賀市と、安倍の地元山口県の下関市で、歴史教科書で新規採択されたことです。全国で新規採択はここだけです。大阪では泉佐野市でのみ採択されました。

 今年の採択の特徴は、ひとつに、2001年以降一貫して「つくる会」系教科書を採択していた東京都教委員会と愛媛教委員会が不採択としたことです。これは、育鵬社の破たんを示す象徴的な出来事でした。ふたつには、生徒数の多い神奈川県と大阪府で不採択になったことです。

 育鵬社を敗北に追い込んだのは、市民の地道で幅広い教科書運動の継続が、草の根保守を後退させたことです。さらに全国の市民運動と連携して、「子ども食堂」「無料学習塾」の記述と写真の無断掲載という人権侵害について追及したことです。

▼新自由主義に迎合する教科書

相可文代さん(子どもたちに渡すな!あぶない教科書・大阪の会)

 21世紀に入ってから、労働者の権利に関する記述がどんどん後退しています。00年代は、消費者の立場から経済を考える教科書になっていきました。たとえばPL法(製造物責任法)や、クレジットカード払いの仕組みやクーリングオフなどが積極的に取り上げられてきました。しかし、10年代になって、経営者の立場から経済を考えさせるという教科書になってきています。

 2017年に発表された新学習指導要領にもとづいて、個人や企業の経済活動における役割と責任という領域で、起業について触れるとなっています。今年の全教科書が起業を取り上げています。「みんな、起業をめざしみんな社長さんになろう」というものです。たとえば「企画書を書いてみよう」。長時間労働を減らすためどうしたらいいかと考えさせるのはいい。しかし、セルフレジを導入して人件費を抑えるとか、成果主義を導入して、成果があれば時給アップするとか。つまり非正規雇用を前提とし、成果が上げられなければ待遇も良くならないし解雇もやむなしという考え方、いわゆる自己責任論を刷り込んでいく教科書になっています。

 しかし、コロナ禍の現実は、若者の起業ということが幻想であることを暴きました。倒産・廃業など、零細企業や非正規雇用の厳しさが明らかになりました。現実には、子どもたちはほとんどが賃金労働者になっていきます。だから中学校で労働者の権利をきちんと教える必要があります。

 公民で優れていたのは清水書院の教科書でした。しかし採択率が低く、発行をやめたため、今年の採択はありませんでした。労働者の権利について、他社の教科書が4ページのところを、清水書院は6ページ割きました。また、労働組合のついての記述では、女性労働者の雇用を守ろうという写真や、ストライキ決行中の写真を載せていました。職場で実際に働く人たちが直面する問題をイラストで分かりやすく取り上げていました。

 今後、問題の多い教科書を採択しているところにたいして、現場の教員と共に、授業の組み立てを考えていかなければならないと思います。

 なぜ教科書の記述が大切なのか。それは、教科書が、その時々の国家や社会の公式見解に当たるからです。だからこそ日本軍慰安婦被害者の方々も、日本政府に、教科書に書いて未来に語り継ぐように求めました。ただの謝罪と賠償だけを求めているのではないのです。未来永劫、このようなことが日本社会でおこらないように語り継ぎ、教えるべきだと、河野談話で約束しました。だから1997年の教科書には一斉に中学校の教科書に書かれたのです。