私の考えるベーシックインカムと資本主義の関係を述べてみたい。
端的に言って、本来の意味でのベーシックインカム(BI、社会的全構成員への無条件の最低生活費の現金給付)と資本主義は相いれない。資本主義が本来の意味でのBIを認めることは決してない。したがって、BIは、資本主義ではない社会をめざす過渡的要求、あるいは資本主義のオルタナティブ(社会主義)における一つの政策案として考えるべきだと思う。
マルクスが資本論で指摘したように、資本主義の歴史的な誕生は、生産手段の資本家階級への集積と共に、生産手段を持たない労働者階級の誕生を要件とした。すなわち、雇用されて働く以外に生活できない労働者階級の形成が資本主義の成立要件であるということだ。資本論では、「植民地」という章でインド(もちろん、世界的に帝国主義体制が成立する以前の)を取り上げ、生産手段と切り離されていない労働者・農民たちは、職場で不満があると、工場での労働から簡単にリタイアしてしまうことを描いている。
本来のBIは上記と同じ問題を提出する。ブルジョアジーの下で労働しなくても生活できるのであれば、労働者はどうして奴隷的な労働条件の下で働き続けるであろうか。生活費が受け取れるなら、劣悪な非正規労働に従事するより、ユニオンの専従でもした方がましではないだろうか。
逆に、ブルジョアジーにとっては、「労働しなくても生活できる」状態を普遍化しないことが、いつでも第一命題であった。エリザベス救貧法以来の「劣等処遇の原則」はそこから来ているのであり、現在日本でも、わずかばかりの生活保護費、特に稼働年齢者の生活保護に権力やブルジョア社会が憎悪をむき出しにするのもそこに根本的な理由があると思う。
私たちは、民衆へのあらゆる給付の拡大を求め、資本主義ではない社会をめざしていくべきだ。