今年1月6日、米国の新大統領を決める選挙人投票の結果を認定する上下両院合同会議が開かれていた米国会議事堂に大勢のトランプ支持者が乱入した。「米国の民主主義を踏みにじる最大の屈辱」と言われるこの事件を扇動したトランプ前大統領に、米国市民の7500万人以上が大統領選で票を投じていた。敗れたとはいえこの得票は、過去最多だった08年のオバマ氏の6949万票を超えたのである。
国会を襲撃したのは極右思想に影響を受けた人びとが多かったが、それはトランプ支持者のごく一部にすぎない。トランプに票を投じた共和党支持者のほとんどは「普通の良識ある市民」である。
その彼らの8割が大統領選挙で「不正投票がおこなわれた」と信じている。彼らが信じているのはどのような「事実」なのか。トランプ弁護団のルドルフ・ジュリアーニやシドニー・パウエルによれば、「ベネズエラの故チャベス大統領に近い、スマートスティック社の集計ソフトによる集計がドイツやスペインでおこなわれており、このようにして中国、キューバ、ベネズエラが大統領選に介入した」という。また「ベネズエラで選挙不正にために開発されたドミニオン投票システムによって大量のトランプ票がバイデン票に入れ替えられた」というのである。
実際には、スマートスティック社は、17年のベネズエラの制憲議会選挙で、故チャベス派の政権が不正をおこなっていたことを告発しており、同社が故チャベス寄りというのは事実無根である。またドミニオン集計システムは、カナダで開発されたものでベネズエラとは関係ない。それではどうして、このような根も葉もないデマを多くの「良識ある米国市民」が信じ込んでいるのだろうか。その理由のひとつとしてあげられるのが、「ディープステート」といわれる「闇の権力」が米国政治が操っているという陰謀論である。「ディープステートはグローバル企業の利害を体現している。グローバリゼーションから恩恵を得ているという点で、彼らは中国と利害が一致している。4年前にトランプが大統領にならなければ、オバマ政権時代からディープステートが仕組んできた『新共産主義革命』が静かに米国を支配していたであろう」(用田和仁)というものだ。こうした陰謀論を信じる人にとっては、「選挙不正」を大手メディアが取り上げないことや、裁判所がトランプ陣営の訴えを却下し続けているのは、「ディープステートに支配されているからだ」と映ってしまうのだ。グローバリゼーションの進展は、少なからぬ米国市民の意識を世界から隔絶し、内向きなものにしていることだけはまちがいがないようである。(つづく)