ミュニシパリズムという幽霊が世界を徘徊している。ミュニシパリズムとは一人一人の住民が政治を自分たちの手に奪い返し、コモンを奪い返す運動である。このミュニシパリズムが、世界各地の都市で首長や議員を生み、住民の政治参加を促進する制度を作り、水や農、エネルギーや都市空間を住民のコントロールの下に置くとともに、国際的なネットワークを創り出しており、欧州と南米を中心に世界的な影響力を拡大しているのである。

 筆者の見るところ、ミュニシパリズムは3つの主要な要素、〈コモン〉、〈アソシエーション〉、〈政治的プラットフォーム〉で構成されている。本稿では、この3つの概念をキーワードにミュニシパリズムを読み解き、その意味と可能性について考えていきたい。

※ミュニシパリズムの具体的な運動状況については紙幅の関係で詳しい紹介ができないので、ここ数年ミュニシパリズムを積極的に紹介している岸本聡子の『水道、再び公営化! 欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』 (集英社新書)やウエブ上の連載「ヨーロッパ・希望のポリティクスレポート」などを参照いただきたい。

▼資本主義によるコモンの「囲い込み」

 コモンとは本来「入会地」のことである。入会地は、地域住民が一定のルールの下、誰もが利用できる土地のことだ。住民は薪炭・用材・肥料用の落葉など生活に必要な財を無償で得た。こうした土地が「入会地」となるのは、地域住民の共通の理解による共通のルールのもとにその土地が管理・運用されることによる。同じ利用可能な土地が私有されてしまえばそれは「入会地」とはなりえない。つまり、コモンはその財を管理・運用する地域住民の関係−相互扶助的で民主的な関係−のもとに置かれて初めてコモンとなる。

 資本主義の下で、地域住民の相互扶助的な関係は解体され、誰か特定の人が創り出したものではなく本来コモンとしてあるべき土地や水などの自然は私的に囲い込まれ、私的所有者が自由に処分してよいものとなった。大勢の人々が協働しなければ生み出すことのできない財やサービス、日々生活していく上で誰もが最低限必要とする食・農、水、住、ケア、医療、教育、文化、公共空間、エネルギー、交通、情報・通信、金融といった社会インフラさえもが私的な囲い込みの下で生産されてきた。

 こうした財やサービスは、「開発独裁」や「福祉国家」、「社会主義」等のヘゲモニーにより、一部が国家による管理・運営に移行したこともあったが、80年代以降の全世界的な新自由主義の影響力の増大により、かつて国家が管理・運営していた財・サービスも、再度の私企業化が推進されてきた。

 新自由主義下における貧困の拡大とは、本来コモンとしてあるべき社会インフラさえもが、多くの人々とって十分に享受しえないものになってしまったことを意味する。

 

▼新自由主義への対抗

 ミュニシパリズムは、新自由主義による格差=貧困の拡大に対抗するために生まれてきた運動であり、コモンを政治の中心課題として押し上げ、コモンを一人一人の住民の手に取り戻すことを大きな旗として掲げる。

 そこから以下のような政策を要求/推進する。

(1)中央・地方政府によって生産・管理運営されてきたコモンの新自由主義的民営化・市場化に反対する。

(2)私企業によって生産・管理運営されているコモンを、地方政府による生産・管理運営とする。水道事業の再公営化など。

(3)地方政府により生産・管理運営されるコモンに対し、地域住民による直接・間接の参加とコントロールを拡大・推進し、そのことを通じて住民により良いコモンを提供する。

 

▼コモンの創造

 ここまでは、いわゆる〈公〉的な領域であり狭義の政治の領域であるが、ミュニシパリズムはそれにとどまらない。さらに、地域住民が、自分たちが日々の生活に必要とするコモンを、アソシエーションとして自らを組織することを通じて、自分たちで創り出すことを促進する。例えば、保育所の待機児童問題も、政府に保育所の増設を要求するだけでなく、住民が協同して自分たちで保育所を作り運営することによって問題の解決を図ることができるような仕組みづくりを地方自治体に求める。

 住民の日々の生活に必要なコモンを、住民の経済的イニシアチブおよび政治参加−民主的統制によって作り出そうとするのがミュニシパリズムなのだ。

 

▼フィアレス・シティー(恐れない自治体)

 スペイン・バルセロナ市の政治プラットフォームであるバルサロナ・アン・クムーは、2015年にバルセロナ市長選でアダ・クラウの当選を勝ち取って以降、世界各国の100以上ものミュニシパリスト諸団体とのネットワークを創りあげ、お互いの経験の交流・共有を開始した。そして2017年6月、バルセロナにおいて最初のミュニシパリスト・サミット「フィアレス・シティー」を開催し、各都市の実践は決して孤立しているわけではないこと、「それぞれのイニシアチブは都市の範囲を超え、国境を越えて現出しつつあるグローバルな運動の一部を構成していること」を確認しあった。

 そして、2019年には、このサミットの成果の一つとして「フィアレス・シティー グローバル・ミュニシパリスト運動へのガイド」という冊子を発行した。この冊子は「54の街や都市の一四四名の寄稿者によって書かれており、大半は女性である。それは、集団的、水平的過程の産物であり、市長・議員・草の根の活動家たちの知識や経験を持ち寄り、ミュニシパリズムのストーリーを世界と共有する」ことを目的としているものである。

 次回以降、この「フィアレス・シティー」を参照しながら、ミュニシパリストたちが、自分たちの運動と組織をどのようなものとして創ろうとしているのかについて、特に組織論に注目しながら紹介していこう。

(つづく)