この国の感染対策は第1波のときも2波、3波のときも医学的な判断ではなく、時の政権の政治的思惑によって左右されてきた。第1波の際は、安倍政権が習・中国国家主席の来日や東京五輪の開催を優先し、緊急事態宣言による行動規制などの感染対策の発動が遅れたことが批判された。その後の第2波、第3波では経済活動の抑制への配慮を優先し、GoToキャンペーンをずるずる続けてアクセルとブレーキを踏み間違える対応を重ねてきた。第3波では専門家らの指摘を無視して1カ月ほど対応が遅れた結果、年明けの爆発的感染の拡大を許した。

 さらには1月から3月にかけての緊急事態宣言時は、延期した五輪の開催決定時期が迫り宣言の解除に焦り、息つぐ間もなく第4派の爆発的感染にいま直面している。この期に及んでもなお、五輪中止を求める世論に抗して感染対策の基本に立った対応から逃げ回る醜い姿勢を、日々衆目にさらしている。パンデミック時の感染対策の基本である入国規制などの「水際対策」はインド、パキスタンなどからの入国規制に立ち遅れ、1年以上にわたって指摘され続けてきた「検査体制の強化と感染者の隔離」も手つかずというほどの状態が続く。そして、医療崩壊を避けるためのコロナ臨時病棟の建設にも手をつけず、感染対策の「決め手」とするワクチンは先進国で最下位の接種率で先が見えない。

▽緊急事態条項なしでも 現行法制度の下でもやれることが山ほどある感染症対策をやらずに、改憲による「緊急事態条項」を持ち出すのは、そもそもこの改憲条項を持ち出した際に理由とした「災害対策」でも同じだった。東日本大震災でも、阪神・淡路大震災でも、現行法制度でもやれることがたくさんあり、改憲による緊急事態条項を創設するまでもなく現行法の改正や災害対策基本法の強化、災害復興法の創設など通常の法改正等で迅速に対応できることがたくさんあることが指摘され、具体的な提言、提案もされた。こうしたことに目を向けず、いたずらに改憲議論を煽るのは、自然災害対策や感染症対策に関心があるのではなく、「改憲」の名のもとに治安維持的な別の目的を秘めているからにすぎない。

 災害対策も感染症対策も、事態に直面している中で可及的速やかに対応が迫られている。まずは、現行制度の下でやれることをやり切ってから、その検証の上に立ってさらなる対応の是非を考えるのが筋道だろう。

▽政府による��人災��

 感染症対策は、公衆衛生的な感染防止策、治療と治療薬の開発、ワクチンによる感染予防の三本柱が基本になる。

 しかし、日本政府がとってきたこの1年余の感染防止策はマスクと手洗い、外出と営業の自粛を要請するだけで、感染者を見つける検査体制が未だに不十分なまま、感染者を隔離して感染拡大を防ぐ対策は爆発的な感染拡大の中では無策に等しかった。感染者の隔離を法で定めながら、入院・療養施設の整備と確保を怠り、自宅待機を強いる中で家庭内感染を野放しにして、入院・治療を受けられないまま「在宅死亡者」を続出させている。

 第1波、第2波の検証もしないまま、もはや「政権維持の政治利用」でしかないオリンピックに執着し、感染対策よりも経済優先に流れる政治の転換なしには、この先も“コロナ地獄”から逃れられない。