アメリカは人類初の原爆を30万人が暮らしていた広島に、続いて長崎に投下した。米軍はトリニティ実験により、原爆の威力は十分に知っていた。広島・長崎への投下は、1発の原爆が都市と数10万人の人間にどのような被害効果をもたらすか試し、核の独占と戦後世界支配への示威だったと考えざるを得ない。その後、対抗的に新たな保有国が続く。

 「広島が軍都だったから」「ヒロシマは加害の意識が希薄である」という意見がある。広島は日清、日露のころから大陸やアジアへの出兵の拠点だった。近代日本のアジア進出、侵略への衝動と責任、それは広島のみにあったのか。広島も長崎も疲弊し尽し、もはや戦争継続の力はなかった。

 当時広島には、植民地支配により、強制され貧困を強いられ日本に来た5万人を超える朝鮮半島出身者が暮らしていた。疎開もできなかった。被爆死は約3万人と言われる。

▽ちがう政治と社会へ

 核とその廃絶について学んだいくつか。一つは、前述の原爆製造から始まった核による世界の支配、核抑止力(という現実と幻想)に抗し、違う政治と社会を求めること。原爆は、すぐにメガトン級の水爆に至った。水爆が抑止力にすらならないことは、その巨大な破壊力と莫大な放射能汚染から自明だった。今日的には「使える核兵器」という高性能化や、更新製造が進められる。核を保有し、自ら核に縛られる世界を見れば、矛盾は明らかだ。

 「核全廃こそが、不使用の保証」

 昨年、批准国・地域が50を超え、今年1月に核兵器禁止条約が発効した。世界にある約1万3千発の核兵器のうち、米ロが9割を保有している。核大国・保有国の“交渉”任せにはできない。

 もとより国際条約だけで核兵器を廃絶することはできないが、条約は核兵器を「非人道、違法」と規定し実験、製造、保有、委譲などを禁じ、「全廃こそが使用されない保証である」とした。多くの国々・地域、人々が「核と核ミサイル、核発電の災厄を廃絶せよ」と声をあげ、行動し続ける。その営為、存在を保有国が押し潰すことはできない。

 唯一の戦争被爆国である日本こそ、ただちに批准しなければならない。条約への批准・参加を求める意見書が全国1788県市町村のうち563議会から上がっている(6月14日現在)。日本政府の「(批准は)保有国と非保有国の溝を深める」とは、詭弁もはなはだしい。ツイッターには「愚かな日本、信頼は地に落ちる」「大多数の国民が忸怩たる思いで核の傘に入りながら、核廃絶を支持している」と寄せられているという。  

▽近代合理主義に向き合う

 もう一つ、科学とは何か。「人間は核エネルギーを制御できない。核と人類は共存できない」と言われる。「化学的結合に比し、核力のエネルギーは桁違いだ。原子核1個、2個であれば、別の原子核に変換することは不可能ではないが、何キログラムもの核物質を無害化することはできない」(『福島原発事故をめぐって』山本義隆)とは、物理学に疎い私にも届く。

 2010年に広島で講演した高史明(コサミョン、作家)は、「20世紀は理性と知性、科学と技術を発展させ、世界と日本は侵略と植民地支配を進めた。ヒロシマに至る夥しい犠牲の歴史。日本人民は、その近代合理主義の闇にどう向き合うか」と述べた。その翌年、史上初のレベル7の福島第1原発大事故が起こった。

 「逃げられない」核兵器・原発事故

 私たちは広島・長崎から、繰り返された原水爆実験、チェルノブイリ、そして福島第1原発事故に大きな衝撃を受けた。放射線量の多寡の問題だろうか。大量被爆(注)した広島・長崎原爆や核実験、福島事故の間に99年東海村(旧JCO)があった。核爆発ではなく、ウラン235溶液の臨界事故だ。

 パシッと青白い光が走り、瞬時の放射線(中性子線)による被曝である。被曝量は、広島の1キロ範囲に相当した。臨界に達したウラン重量は1/1000gという。放射線、放射能は大量であれ微細な内部被曝であれ、生命体を根源から破壊する。(注:原爆の場合、「黒い雨」や翌日以降の入市も「被爆」を使う)。

 生活保障、避難の権利を求め、国・東電などの責任を追及する多くの住民訴訟が行なわれている。3月、「(実行し得る)避難計画にはほど遠い」と、水戸地裁が東海第2原発の運転差し止めを命じた。

 体験に戻る。よく、原爆が爆発する夢を見た。逃げよう、走ろうとするが「前に進めない」。そこで目が覚める。若狭や原発立地地域に行くと、その建屋に異様な圧迫感を覚える。原爆・核ミサイルからも原発事故からも、逃げられないのだ。原爆は、瞬時に致死量の放射線、数千度の熱、猛烈な爆風を浴びせる。原発事故は長期、広範囲を汚染させる。事故は、かならず起きる。

 マンハッタン計画で全土に多数のウラン精製工場など核施設を作ったアメリカ、実験場にされた太平洋の島々やユーラシアの砂漠、世界中に原発が建設され事故が繰り返された。核・原発大国は「ヒバク大国」であり、「被爆者・被曝者、ヒバクシャ」は世界中に拡がっている。

▽期限を定め廃絶へ

 非科学的かも知れないが、私にとって「核・原爆」は、頭や肩や胸にずっしりと圧し掛かる重石のように続いてきた。福島事故以降、なおそうである。

 「原爆も、原発も同じ」であり、小出裕章、河野益近、故・小林圭二らは「もう、汚染した環境に生きるしかない」と述べた。福島事故の2年後ころ、ある勉強会で「表土を除染した方がいいのか、無駄なのか」という質問に、講師の河野益近は数分考えた後、「事故の起こる前なら…、後で考えても…」と小声で答えた。強く印象に残った。

 核兵器廃絶と原発廃止の運動は、困難を繰り返し、停滞し、また続く。人類、生命体と根源的に対立する「核の時代」を終わらせるため、究極の目標ではなく期限を定め廃絶への道筋を進みたい。2万年後まで禍根を残してはならない。(文中人名は敬称を略した)

 〔核・原爆、原発、放射線にかかわる本は膨大にあるが、今年の夏、3冊を薦めたい。『原爆に夫を奪われて』(岩波新書)、『ぼくは満員電車で原爆を浴びた』(米澤鐡志、小学館)、『朽ちていった命』(JCO事故の記録、新潮文庫)〕