「咲ききれなかった花」。日本軍「慰安婦」被害者の一人、金順徳(キムスンドク)さんが、被害に遭う前の自分を描いた絵のタイトルである。モクレンのつぼみの後ろに無垢な少女が描かれている。その後起きる恐ろしい出来事に、50年を経てもなお恐怖におののく様子があらわされてるように思えた。

 著者のイ・ギョンシンさんは1993年、美大を出て画家を目指していが、何か社会に役立つことをしたいとも思っていた。ちょうどその時ナヌムの家のボランティア募集の報に接する。二年前に衝撃を受けた金学順さんの証言を思い出し、数日迷いながらもナヌムの家の門を叩いた。

 最初、著者は過酷な人生を歩んできた被害者たちとどう接すればいいのか悩んだ。自分にできることは絵を書いてもらうことだ、と美術の授業を始める。ときにはおいしいものを一緒に作って食べ、「学校にろくに通ったこともない年老いた少女たちに学校に通っているかのような平凡な日常をまず味わってもらうこと、もう一度学生になっておしゃべりしながら絵を描く喜びを感じてもらうこと」を授業の目標に。

 金順徳さんと姜徳景(カンドッキョン)さんが生徒たちの中心的な存在だった。姜徳景さんが心象表現の授業で描いた「意地悪な先生」は本書の表紙を飾る。日本の政治家が「日本軍は朝鮮の女性を強制的に連行していないと再び妄言を吐いた」ことが絵を描くきっかけだった。黒い傷から流れる血が川に滴り落ち、流れている様子。血と水が混じらずに流れる川は、歳月が流れても過去の傷は永遠に続くことを表わしていた。

 心象表現の授業をきっかけに彼女たちは、自らの深い傷を絵に描きはじめ、内に秘めていた話があふれ出てくるようになっていった。最初に受けた被害を描くことで、その地点に立ち戻り、もう一度新たな人生の歩みを始めようとする感動的な作品である。

 日本政府がアジア女性基金という民間基金によって公式な謝罪と賠償を拒否したことに、姜徳景さんが「責任者を処罰せよ」という絵を描いた。桜の枯れ木に鉄条網で縛り付けられた天皇ヒロヒトに銃を向けている絵だ。日本政府の欺瞞に対し、最高責任者を絵の中に召喚して銃を向けたのである。しかし銃声は聞こえない。天皇を縛った木の上に平和の新しい巣をつくって卵を産む鳥たちが描かれていた。「その卵は、すべての悪縁を絶ち切って、真の謝罪を受け、許しを与える希望の卵に違いない」と著者は語る。

 しかし、その崇高な願いは今に至るもかなっていない。2015年の日韓合意に見られる通り、日本政府は公式な謝罪と賠償は拒否したまま問題を解決済みであると強弁している。今なお二次被害が繰り返されている。そうした動きへの怒りが著者に本書を書かかせた。そこには「傷だらけだったハルモニたちが日本軍性奴隷制被害者という苦痛を克服して新たな人生に挑戦し、人生を全うする最後の瞬間まで情熱を燃やし続けた一瞬一瞬を伝えたい」という思いが詰まっている。