戦後のメーデーの歴史を学ぶ講演会が8月7日、京都市内で開かれた。主催は京都地域メーデー実行委員会。講師はエル・ライブラリー館長の谷合佳代子さん。

 第2次大戦後、はじめて開催された1946年の第17回メーデーには、東京で50万人が参加した。5月19日の食糧メーデーには25万人が宮城前広場に集まった。当時、産別会議は総同盟の倍ちかいの組合員を擁していた。

 産別会議が主導した47年の2.1ゼネストがつぶされ、東西冷戦が激しくなるなかで、レッドパージが始まる。

 京都では全京都民主戦線統一会議が1950年の2月京都市長選と4月京都府知事選に勝利していた。52年には血のメーデー事件。60年は戦後最大の大衆闘争の年に。安保闘争と三井三池争議である。1974年は、争議件数、争議参加人数とも戦後最大を記録したが、翌75年のスト権ストの敗北後、流れは変わった。

 労働組合の組織率は低下していくが、組合員数はそれほど減っていなかった。総労働者数が増大していたのだ。89年の労働戦線統一の後、ナ