太平洋戦争末期の沖縄戦で激戦となった沖縄島南部には、今も多くの戦没者の遺骨が眠っている。その南部・糸満市と八重瀬町から辺野古新基地建設の埋め立て用の土砂を採取する計画が進められようとしている。

 沖縄県内で遺骨収集を続けるボランティア団体「ガマフヤー」の代表、具志堅隆松さんは、8月15日、日本武道館の近くで14日に続いてハンガーストライキをおこなった。そして、全国戦没者追悼式への出席者や靖国神社に参拝する戦没者遺族らに「遺骨が眠る土砂を埋め立てに使わせてはならない」と訴えた。

 その具志堅さんが、8月22日、大阪市内の「ストップ! 辺野古新基地建設! 大阪アクション7周年集会で講演した。

 事の発端は、昨年4月、沖縄県に対して沖縄防衛局がおこなった辺野古新基地の工事変更の申請だった。埋め立て予定地の大浦湾側で軟弱地盤の存在が明らかになったため、大量の土砂が必要になったのだ。その土砂を県内7カ所から採取するという計画だったが、採取予定地に南部の糸満市と八重瀬町が入っていた。具志堅さんたちが遺骨収集を行っていた地域だ。「もしかすると」という心配が的中した。

 昨年11月1日のことだった。糸満市米須にある魂魄の塔の近くで遺骨収集をおこなっていた場所が伐採されていた。磁気探査をおこなっている業者に、「ここをどうするのか」とたずねると「採石場になる」という。驚いた具志堅さんは、すぐにマスコミに連絡。県選出の衆院議員、赤嶺政賢さん(日本共産党)にも「遺骨のある現場が採石場になりそうだ、助けて下さい」と話をした。

▽ハンストを決断する

 具志堅さんは「そもそもこの問題の原因は、国による辺野古の埋め立てにある」。だから相手は採石業者にではない。そう考えて11月20日、沖縄防衛局に「現場の視察」を要請した。「もしかすると、国は南部に戦没者の遺骨があることを知らずに計画を決めたのかもしれない」という思いがあったという。しかし応対した職員の答えは、「要請は内部で共有したい」というばかりだった。「遺骨があることを知りながらやっているのだったら、人の道に外れていますよ」と問い詰めても黙り込んでいた。

 つぎに沖縄防衛局に要請をおこなった2月26日には、はっきりと計画を断念するように求めた。ところが防衛局側は「業者に配慮を求める」を求めるというだけで、具体的なことはなにも語ろうとしなかった。ゼロ回答だった。「世の中には『間違っている』と断言できることはそんなに多くないが、これは明らかに間違っている。まずは多くの人に事態を知ってもらわなければ」とハンガーストライキを決断したのはそのときだった。

▽県庁前でハンスト 切実な遺族の訴え

 こうして、具志堅さんは3月1日から6日まで、沖縄県庁の前でハンストを決行する。そこでは「予想外のたくさんの人から激励を受けた」という。訪れた人たちの多くは、反戦運動や反基地運動には縁がないような人たちだった。

 年配の人のほとんどは戦没者の遺族だった。あるおばあさんの父親は仲間と一緒に南まで逃げてきたという。泳いで岬を回り込んで逃げなければならなかったときに父親はは泳げなかったため、、ひとりだけ陸上から逃げることになった。泳いで逃げた人たちはみな助かったが、父親がどこで死んだのかわからない。

 「泳げずに海に入らなかった父を、土砂と一緒に海に入れるのは絶対にやめさせて下さい」とおばあさんは訴えた。

 こうした遺族らの切実な思いを踏みにじる国の姿勢。「非常識きわまりないのです」具志堅さんは語気を強めた。

▽地方議会から意見書を

 沖縄戦には全国47都道府県から兵士が動員された。具志堅さんは1700余ある地方議会に「南部の土砂を埋め立てに使うのやめるよう国に意見書を」という要請書を出した。「ぜひ地元の議会に要請して欲しい」と訴えた。最後に会場から「デニー知事をどう思うか」と質問に「彼は辺野古に基地を作らせないために知事になった。そのことを突き上げるのではなく、背中を押す。前に回って批判をともに受ける。そして(知事を)孤立させないことが大事です」と話した。