「(アマゾン金鉱の街でコック兼女衒をしている)アントニオ・ピントは、ある11歳の少女が鉱夫とのセックスを拒んだためにどうなったか、話してくれた。/『鉱夫は娘の首をなたでちょんぎって、仲間の鉱夫にその首をみせびらかしながらモーターボートを走らせたわ。鉱夫たちは、やんやと手を打って大喜びさ』」

 この本の冒頭にでてくるショッキングなシーンだ。米国出身の社会学者、ケビン・ベイルズが著した『グローバル経済と現代奴隷制』の冒頭に出てくるものだ。奴隷制は冷戦終結後のグローバリゼーションの下で、「急上昇しつつあるビジネス」として復活を遂げ、奴隷の数も増大した。その理由は単純だ。タダ同然で手に入る奴隷の労働は、その保有者に信じられないようなばく大な利益をもたらすからだ。ベイルズの試算によれば、20世紀末の時点で、世界に存在する奴隷の数は「かたく見積もって2700万人」。この数は17〜18世紀の大西洋奴隷貿易でアフリカから拉致された人数(推定1000万人〜2000万人)を上回っている。

 奴隷を所有することは世界中どこへ行っても非合法だが、奴隷所有者にとっては、「むしろ進歩」だ。なぜなら保有している奴隷に何ひとつ責任を負う必要がないからだ。今日、奴隷はあまりにも安いので、奴隷は〈使い捨て〉になった。

 新しい奴隷制がはびこるのは、軍事政権や内戦下の暴力が支配する地域である。それはグローバリゼーションの周縁で絶えず生み出されている現象なのだ。

 タイで売春婦として売り飛ばされるこどもの数が急増するきっかけとなったのは1980年代の日本からの資本流入だった。「売買春に信じられないほどのビジネスチャンスがある」ことに気がついた彼らは地元の暴力団・警察・役人を買収し、風俗産業を立ち上げた。日本は同時にタイ人女性の大量輸入国となった。

 ベイルズのリポートから20年以上が経過した現在、日本がタイ人女性の大量輸入を続けているかどうかはわからない。ただし日本は、76年前まで、国家によって組織的に性奴隷制度を運営してきたという歴史がある。日本軍「慰安婦」制度だ。日本軍「慰安婦」問題を否定する勢力が「平和の少女像」をあれほど憎悪するのかなぜか。日本社会にとって性奴隷制度は過去の出来事ではなくて、まさに現在も深々とコミットしている問題と考えるべきなのかもしれない。それはグローバリゼーションの深い闇である。

(深田京二)