前号に続き、「8・6ヒロシマ平和の夕べ」発言から要旨を紹介する。(取材/竹田)

▽黒い雨の恐ろしさ訴え 高東征二さん(黒い雨訴訟を支援する会)

 あの時、爆心から西へ9キロ、母といっしょに広島の空を見ていた。雨が降り出し、軒下におり雨に濡れた記憶はない。小学校2、3年のころ手足に出たデキモノがなかなか治らなかった。わきの下や鼠径部のリンパ腺が腫れ3回も切開してもらった。近所に、朝からごろごろし、おかしい人が何人もいた。お金がなく、病院にも行けない。

 02年に「佐伯区黒い雨の会」を結成した。多くの人が、「病気だらけの人生」を語った。「科学的・合理的な根拠」というのは、私たちを拒んできた言葉。国は、これをタテに「放射線量がわからない。被爆者と認められない」と訴えを否定してきた。

 15年に県と市に被爆者手帳を求め提訴した。国は大雨、小雨地域と線引きし地域や線量で分け、大雨地域のみ認定した。私たちは内部被曝を正面に掲げた。7月29日に勝訴が確定した。もう1日も待てない。黒い雨被爆者に一刻も早く手帳を交付してほしい。ビキニ、福島、すべての内部ひばく被害者のために、黒い雨の恐ろしさを訴え続けたい。

▽福島10年 三つの難事 伊東達也さん(いわき市民訴訟原告)

 原発事故から10年、福島は三つの難事に置かれたままだ。避難指示が出た12市町村では、多くの戻れない、戻らない人がいる。県の発表でも平均居住率は新規転入者を含め約54%。90%を超える市町も2、3あるが、50%以下、10%、20%台、大熊町、双葉町のように1桁、ゼロ%すらある。とくに若い人、子どもたち。小中学校の通学者数を見ると多い広野町、川内村で約47、46%。10%台が多い。双葉、大熊はゼロ、全体ではわずか9・7%にとどまる。

 農業がどれくらい再開できているか。農地面積で見ると平均で約32%、軒並みに50%以下、双葉、大熊はもちろんゼロ。沿岸漁業は、県全体で17・5%しか回復していない。それなのに政府・東電は、トリチウム汚染水を海洋に放出しようとしている。

 もう一つは、すでに10年過ぎた「廃炉」問題。溶融した炉心デブリ取り出しの困難とともに、格納容器の上蓋に桁違いのセシウムが付着していることがわかった。30年、40年で廃炉が終わることなど、常識的にあり得ない。18年に、野党が共同し原発ゼロ法案を提出したが、一度も審議されていない。

▽ヒロシマ・ナガサキ・ビキニ・フクシマは、「核と共存できない」と結ばれている。非核 政治へ直接行動

高橋悠太さん(KNOW NUKES TOKYO)ほか

 私たちは広島、長崎、東京出身者も。おもに東京、首都圏で活動しています。東京にも多くの被爆者が在住しています。いま、核兵器禁止条約をどう周知するか。世論調査では、7割の人たちが日本政府に参加を求めています。ところが、議員ウォッチという活動もやっていますが、国会議員の賛同はわずか28%。それなら議員に直接面会し意見を聞こうと、議員ウォッチ・プロジェクトを立ち上げました。

 核禁条約は被爆者、世界の被害者の苦しみ、思いを形にし、普遍化しています。この条約に向き合うことは、そもそもの日本の戦争責任を問うことにもなります。きょう菅首相は、大切なところを読み飛ばしましたが、そういう姿勢こそが問題です。

 東京にいると、これらの問題が「安全保障、国際関係」とか、非常に無機質に語られていると感じます。ここを変えていく。議員であれ誰であれ、直接会って話すことが大切だと考え、行動しています。