「第6次エネルギー基本計画」(以下、エネ基)が、10月22日、閣議決定された。国のエネルギー政策の方向性を示すもので、概ね3年ごとに見直される。

[第6次エネルギー基本計画 章立て]
 
 1.東京電力福島第一原子力発電所事故後10年の歩み
 2.第五次エネルギー基本計画策定時からの情勢の変化
 3.エネルギー政策の基本的視点(S+3E)の確認
 4.2050年カーボンニュートラル実現に向けた課題と対応
 5.2050年を見据えた2030年に向けた政策対応
 6.2050年カーボンニュートラルの実現に向けた産業・競争・
    イノベーション政策と一体となった戦略的な技術開発等の推進
 7.国民各層とのコミュニケーションの充実

            *「第6次エネルギー基本計画(素案)の概要」は7月21日。「第6次エネルギー基本計画(素案②)」8月4日。「第6次エネルギー基本計画」の閣議決定は10月22日。

 内容を見ると、「2050年カーボンニュートラル(脱炭素)」を大目標として掲げ、「原発事故の反省」「原子力への依存度低減」「再生可能エネルギー(太陽光、風力、バイオマスなど)の主力電源化」といった文言が並ぶ。しかし他方で、「原子力は重要なベースロード電源」「原子力は電源構成の20~22%」とも明記している。
 一体、どこに本当の狙いがあるのか。脱原発運動や環境運動の中でも、「エネ基」にたいする評価・批判は様々だ。
 「エネ基」の本当の狙いを読み解くために、以下、【Ⅰ】で前提的に「原子力話法」について、【Ⅱ】で「エネ基」の基本を概説し、【Ⅲ】~【Ⅵ】で批判点を整理し、【Ⅶ】でオルタナティヴについて考えたい。
【Ⅰ】原子力話法
【Ⅱ】「エネ基」のキホン
【Ⅲ】カーボンニュートラルの狙い
【Ⅳ】本音は「再エネ潰し」「原発死守」
【Ⅴ】「60年超運転」「新増設」へ
【Ⅵ】「共生」という支配
【Ⅶ】エネルギー支配からエネルギー自治へ
 ●「エネ基」は再度の過酷事故を起こす

【Ⅰ】原子力話法

 一方で、「原子力への依存度低減」「再エネの主力電源化」と言いがら、他方で「原子力は重要なベースロード電源」という。この一見矛盾する「エネ基」の言説を捉えて、「玉虫色」「あいまい」「折衷」などとする批判があるが、それは的外れである。あるいは、「問題はあるが、脱炭素の方向は歓迎していい」というのは誤読である。
 原子力業界自身の「エネ基」評価は次のようにはっきりしている。

◎日本原子力産業協会・新井理事長(7月27日会見)
「原子力を活用する方針が示された。原子力が価値を最大限発揮し、カーボンニュートラルの実現に貢献する」(7月28日原子力産業新聞)

 
 世論に向かって殊勝な文言を並べながら、裏腹で本当の狙いを貫徹する。それが「原子力話法」だ。
 原子力は技術として破綻し、産業としても斜陽だ。被ばく労働、過酷事故、核廃棄物処分という問題を解決できない。そして、今や再エネに追い越されようとしている。しかし、原発に固執している。固執の理由をエネルギー問題のように言うが、それは表向きの説明だ。
 本当の理由は、日本国家の暗黙の政策として、核武装の追求があり、それに原発が不可欠だからだ。原発への執念はここからきている。それに加えて、そういう暗黙の政策の闇には、巨大な利権構造が盤踞しており、そこに関連産業や研究者が群がっているからだ。そして、この暗黙の政策と利権構造をひたすら墨守することで、その地位の保身を図っているのが経産省などの官僚組織だからだ。暗黙の政策と巨大利権と官僚的保身?これが原発固執の本当の理由だ。そして、それを取り繕うために原子力話法が駆使されるわけだ。
 

◎原子力に固執する理由
(1) 日本国家の暗黙の政策として、核武装の追求
(2) 巨大な利権構造とそこに群がる関連産業
(3) 経産省などの官僚組織の保身

 
 かくて、「エネ基」の本当の狙いを端的に言えば、「脱炭素」をもテコに強引に原発を推進し、再エネをできるだけ抑制し、大手電力会社を防衛する、ということに他ならない。

◎「第6次エネルギー基本計画」の本当の狙い
・「脱炭素」をテコに「原発死守」
・再エネ抑制
・大手電力会社の防衛

【Ⅱ】「エネ基」のキホン

●「素案の概要」「素案?」と閣議決定「第6次エネ基」
 7月21日に示された「素案の概要」は本文15pで資料も合わせて20p。その後、8月4日に出された「エネ基」が121p、また10月22日に閣議決定された「第6次エネルギー基本計画」が129p。「素案の概要」はとりあえず概観をつかむにはいいが、しかし、あくまでも骨子であり、しかも、表向きの都合のいい文言を押し出し、本音に関わる部分は抑えられている。だから、しっかりと批判的に検討するのは、「素案の概要」ではなく、大部だが閣議決定「第6次エネ基」に当たる必要がある。なお、「エネ基」と閣議決定「第6次エネ基」はほぼ同じである。 

●そもそもエネルギー基本計画とは?
・エネルギー需給に関する国の中長期的政策の基本指針。2002年制定のエネルギー政策基本法に基づき、2003年に初めて策定。3~4年ごとに改定。
・計画は閣議決定され、電力会社や地方自治体は計画の実現に向けて協力する責務を負う。

●政治動向とこれまでのエネルギー基本計画

・小泉政権(01年4月~06年9月)
   03年 第1次エネ計画
・京都議定書発効(05年1月)
・第一次安倍政権(06年9月~07年8月)
   07年 第2次エネ計画
・洞爺湖サミット(08年8月)
・民主党政権(09年9月~12年12月)
   10年 第3次エネ計画
・東電福島第一原発事故(11年3月)
・第二次安倍政権(12年12月~20年9月)
   14年 第4次エネ計画
・第二次安倍政権
・パリ協定(15年12月)
   18年 第5次エネ計画
・菅政権(20年9月~)
・菅首相「2050年カーボンニュートラル宣言」(20年10月)
・米政権トランプからバイデンへ(21年1月)
   21年 第6次エネ計画

●基本計画を策定しているのはどういう人たち?
 経産省の外局である資源エネルギー庁の下にある審議会「総合資源エネルギー調査会基本政策分科会」が「計画」を策定している。
 その審議会に参加経験のある、原発批判的な専門家は、次のように評している。

◎大島堅一龍谷大教授(エネルギー調査会基本問題委員会委員)
・「ごく少数の委員を除き、ほとんどの委員が現実離れした要求や主張を繰り返し述べている」
◎故・吉岡斉九大教授(エネルギー調査会臨時委員/東電福島原発事故調査・検証委員会委員)
・「エネルギー一家の家族会議」

 今次のメンバーは以下。

[総合資源エネルギー調査会「基本政策分科会」委員等名簿/経産省HP]
分科会長:坂根 正弘 (株)小松製作所相談役
  委員:秋元 圭吾 (公財)地球環境産業技術研究機構システム研究グループリーダー
伊藤 麻美 日本電鍍工業(株)代表取締役
柏木 孝夫 東京工業大学特命教授
橘川 武郎 東京理科大学イノベーション研究科教授
工藤 禎子 (株)三井住友銀行常務執行役員
崎田 裕子 ジャーナリスト・環境カウンセラー・NPO法人持続可能な社会をつくる元気ネット理事長
武田 洋子 (株)三菱総合研究所政策・経済研究センター副センター長チーフエコノミスト
辰巳 菊子 (公社)日本消費生活アドバイザー・コンサルタント協会常任顧問
寺島 実郎 (一財)日本総合研究所会長
豊田 正和 (一財)日本エネルギー経済研究所理事長
中上 英俊 (株)住環境計画研究所代表取締役会長
西川 一誠 福井県知事
増田 寛也 野村総合研究所顧問、東京大学公共政策大学院客員教授
松村 敏弘 東京大学社会科学研究所教授
水本 伸子 (株)IHI 常務執行役員調達企画本部長
山内 弘隆 一橋大学大学院商学研究科教授
山口 彰 東京大学大学院工学系研究科教授

[総合資源エネルギー調査会「原子力小委員会」委員等名簿/経産省HP]
 委員長:安井 至 独立行政法人製品評価技術基盤機構理事長
委 員:秋池 玲子 ボストンコンサルティンググループシニアパートナー&マネージング・ディレクター
遠藤 典子 東京大学政策ビジョン研究センター客員研究員
岡 素之 住友商事(株)相談役
岡本 孝司 東京大学大学院工学系研究科原子力専攻教授
開沼 博 福島大学うつくしまふくしま未来支援センター 特任研究員
崎田 裕子 ジャーナリスト・環境カウンセラーNPO法人持続可能な社会をつくる元気ネット理事長
佐原 光一 中核市市長会 会長/愛知県豊橋市長

【Ⅲ】カーボンニュートラルの狙い

●2050年カーボンニュートラルとは?
 政府の説明をそのまま言えば、「2050年には、温室効果ガスについて、排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにする」ということだ。「エネ基」の他に、環境省、資源エネルギー庁の説明も見てみる。 
 
【脱炭素社会の実現】

◎[環境省HP カーボンニュートラルとは]

 温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させることを意味します。
 2020年10月、第203回臨時国会の所信表明演説において、菅義偉内閣総理大臣は「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言しました。
 「排出を全体としてゼロ」というのは、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの「排出量」から、森林などによる「吸収量」を差し引いて、合計を実質的にゼロにすることを意味しています。
 カーボンニュートラルの達成のためには、温室効果ガスの排出量の削減・吸収作用の保全及び強化をする必要があります。
 地球規模の課題である気候変動問題の解決に向けて、2015年にパリ協定が採択され、世界共通の長期目標として――
・世界的な平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保つとともに、1.5℃に抑える努力を追求すること(2℃目標)
・今世紀後半に温室効果ガスの人為的な発生源による排出量と吸収源による除去量との間の均衡を達成すること
――等を合意しました。
 この実現に向けて、世界が取組を進めており、120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げているところです。
 
 
 
 
【産業構造の大転換と力強い成長を】

◎[資源エネルギー庁HP 「カーボンニュートラル」って何ですか?]

 「我が国は、2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指すことを、ここに宣言いたします」
 ここで第一に着目すべきは、「温室効果ガス」というワードです。つまり、日本が目指す「カーボンニュートラル」は、CO2だけに限らず、メタン、N2O(一酸化二窒素)、フロンガスを含む「温室効果ガス」を対象にすると述べているわけです。
 次に着目すべきワードは、これらの温室効果ガスについて、「排出を全体としてゼロにする」とのべているところです。「全体としてゼロに」とは、「排出量から吸収量と除去量を差し引いた合計をゼロにする」ことを意味します。つまり、排出を完全にゼロに抑えることは現実的に難しいため、排出せざるを得なかったぶんについては同じ量を「吸収」または「除去」することで、差し引きゼロ、正味ゼロ(ネットゼロ)を目指しましょう、ということです。これが、「カーボンニュートラル」の「ニュートラル(中立)」が意味するところです。
 …
 「カーボンニュートラル」はいろいろな意味で使われることがある言葉ですが、日本が目指す「カーボンニュートラル」とは、「温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする」ことを意味しています。…では、なぜ、カーボンニュートラルの実現を目指しているのでしょうか?
 それは、みなさんもご存じのとおり地球温暖化への対応が喫緊の課題であることに加え、カーボンニュートラルへの挑戦が次の成長の原動力につながるからです。
 世界では、120以上の国と地域が「2050年カーボンニュートラル」という目標を掲げ、大胆な投資をする動きがあいつぐなど、気候変動問題への対応を“成長の機会”ととらえる国際的な潮流が加速しています。世界中のビジネスや金融市場も、その潮流の中で大きく変化しています。カーボンニュートラルへの挑戦は、社会経済を大きく変革し、投資をうながし、生産性を向上させ、産業構造の大転換と力強い成長を生み出すチャンスなのです。
 

【気候変動・脱炭素化を巡る覇権争い】

◎[エネ基 はじめに]
 
 気候変動問題は人類共通の喫緊の課題として認識されている。…こうした中、先進国をはじめとして各国は、脱炭素化に向け、技術のみならず、国際的なルール形成の局面において、自国の産業構造などを踏まえ自国に有利なルール作りに邁進し、また、事業者も脱炭素技術を利用した競争力強化に取り組み始めている。21世紀以降、デジタル技術における覇権争いに、新たに気候変動、脱炭素化を巡る覇権争いの要素も加わり、日本としても国際的なルール作りのみならず、これまで培ってきた省エネルギー技術や脱炭素技術、カーボンニュートラルに資する新たなイノベーションにより国際的な競争力を高めていくことが求められている。
…変化への対応を誤れば、産業競争力を失いかねない。一方で、日本が国際的なルール作りを先導し、日本が有する脱炭素技術を世界とりわけアジアにおける脱炭素化への課題解決に活かしていけば、新たな成長産業を産み出す契機にもなり得る。

◎[エネ基 2章] 

 我が国として、持続的な経済成長とカーボンニュートラルの両立に向け、日本の脱炭素技術を活用し、アジア等各国の現実的なトランジションの取組を支援することは、アジアのエネルギー安全保障の確保や、世界とりわけアジアの脱炭素化に貢献するとともに、新たな成長産業を産み出すことにもつながる。
 …
(1)④「経済と環境の好循環」を生み出すためのグリーン成長戦略
 積極的に温暖化対策を行うことが、産業構造や社会経済の変革をもたらし、次なる大きな成長につながっていく。こうした「経済と環境の好循環」を実現するため、革新的環境イノベーション戦略(2020年1月 統合イノベーション戦略推進会議決定)も踏まえ、2021年6月に「グリーン成長戦略」(関係府省庁1決定)を策定した。
 産業界には、2050年カーボンニュートラルを見据え、これまでのビジネスモデルや戦略を根本的に変えていく必要がある企業が数多く存在すると考えられる。他方、これは新しい時代をリードしていくチャンスでもある。大胆な投資をし、イノベーションを起こすといった民間企業の前向きな挑戦を、全力で応援するのが、政府の役割である。
 …
(2)①米中対立などによる国際的な安全保障における緊張感の高まり
 近年、米中の間で、通商問題や先端技術をめぐる競争や新型コロナ対応など様々な分野で厳しく対峙し、…そうした米中対立の激化により、アジア太平洋地域における緊張感が高まっており、経済安全保障エネルギー安全保障の確保の重要性がこれまでになく高まっている。
 一方で、太陽光パネルやEVを支える蓄電、デジタル化技術、原子力といった脱炭素化を担う技術分野での中国の台頭は著しい。我が国の太陽光パネルの自国企業による供給は、ここ数年で大きく低下し中国に依存する状況になってきている。こうした状況変化の中、エネルギーのサプライチェーンの中でコア技術を自国で確保し、電動車や再生可能エネルギー設備に欠かせない銅やレアメタルなどの鍵となる物資を確保することの重要性が増している。そのためには、上流の資源開発から下流の最終製品化、それぞれの過程に必要となる技術を含めたサプライチェーン上の脆弱性の克服に取り組んでいく必要がある。
 
◆地球温暖化などの環境危機の進行
 まず、環境危機が進行しているという事実である。
 これについて、IPCC(気候変動に関する政府間バネル)の最新の報告書では大要、次のようにして指摘している。

◎[IPCCの第6次評価報告書(2021年8月9日)・大要]

・温暖化について疑う余地はない。
・そして温暖化は加速している。
・人間活動が温暖化の要因である。

 ICPP(註1)は、国連と世界気象機関(WMO)により設立された政府間機構。地球温暖化に関する最新の知見、その対策技術や政策の評価を行う学術的な機関とされている。
 もっとも、IPCCも、立場としては経済成長を大前提にしている。また、「原子力は温室効果ガス排出を削減するためのオプションの一つであることは確実だ」(註2)(ICPPラジェンドラ・パチャウリ議長)とも述べている。
 このように、IPCCには問題があり、様々な議論の余地はあるが、「温暖化について疑う余地はない」「温暖化は加速している」「人間活動が温暖化の要因である」という点については確認してよいだろう。
 
◆「大洪水よ、わが亡きあとに来たれ!」
 さて、地球温暖化をはじめとする現在の環境危機は、ICPP報告書の指摘する通り、「人間活動が温暖化の要因である」わけだが、そこで言う「人間活動」の何がどう問題なのか。
 人間活動が超歴史的に問題なのではなく、資本主義という社会において、人間活動が資本の価値増殖運動として展開され、経済成長が自己目的的に追求されるようになって、「人間と自然との間の物質代謝」が大きく破壊・撹乱されていること、これが問題なのだ。人間活動は、いつでも、資本の価値増殖の運動としてあったわけではない。資本主義という特殊な社会の下で、人間活動が資本のシステムという形態で行われ、資本を抜きに人間活動が成り立たなくさせられている。そして、資本の価値増殖運動としての人間活動が、今やグローバル化かつ過剰化し、地球環境にたいする負荷がその限界をこえようとしているのである。
 だからこそ、人間活動をいやが上にも規定している資本というシステムを除去すること、すなわち、脱・経済成長=脱・価値増殖運動=脱・資本主義によってしか環境危機は解決しない。その一歩として、資本の運動にたいするグローバルで社会的な規制が必要なのだ。
 だから、資本家が資本家であり、資本主義が資本主義である限り、環境危機を解決することはできない。資本家たちの本性は、「大洪水よ、わが亡きあとに来たれ!」(註3)である。(註4)

◆新たな成長戦略と覇権争い
 ところで、「カーボンニュートラル」という取り組みは、資本の運動にたいする一定の規制にはならないのか?
 たしかに、現実の環境危機にたいして、国際世論が危機感をもって高揚し、各国政府や資本家団体もそれを無視できなくなっていることはたしかだ。
 しかし、政府や資本家団体のレベルの議論や政策は全く違う次元で行われている。
 端的に言えば、政府や資本家団体の議論は、環境危機に真剣に向き合うものではなく、環境危機にかこつけ、環境危機を材料にして、新たな経済成長を追求し、そして、大国間の国際競争・覇権争いにおいて相手を蹴落とすために、環境規制の議論をしているに過ぎないのである。このことを見誤ってはならない。
・アメリカ:グリーン・ニューディール
・  中国:全国統一炭素排出権取引市場、グリーン水素発展戦略
・   EU:欧州グリーンディール
 いまや各国にとって、「脱炭素」が産業政策の中心テーマなのだ。再生可能エネルギーや電気自動車を普及させるために大型財政出動や公共投資を行い、他方で、温暖化対策が不十分な国からの輸入には炭素税を課して規制する。そういう形で、グローバリゼーション下の新たな国際競争・覇権争いが始まっているのだ。

◆立ち遅れる日本とアメリカからの圧力
 そういう世界のすう勢の中で、日本は「化石賞(註5)」の常連国であり、その取り組みは、米・EU・中国に比しても、大きく後塵を拝している。
「脱炭素に全力で向かわなければ国際競争で取り返しのつかない敗北を喫することになる」(産業政策に詳しい有識者)
 菅首相(当時)が、この間、遅ればせながら、「2050年カーボンニュートラルを目指す」(2020年10月)と宣言し、「グリーン成長戦略」(2020年12月)を発表。さらに、「2030年の温暖化ガス削減目標は2013年度から46%削減する」(2021年4月)と表明した。
 この日本の一連の動きは、「化石賞」を反省し、「地球温暖化対策」「脱炭素」に戦略的に転換したといった褒められた話でもない。アメリカの政権がトランプからバイデンに交代し、バイデンが、グリーンを巡る覇権争い・対中国戦略に日本を動員するために圧力をかけ、それにたいして日本が、とくに深い考えも準備もなく「46%」という数字を言ってみたというのが真相だ。

◆「脱炭素で経済成長を」は成立しない
 ところで、各国が、「地球温暖化対策」「脱炭素」を、「新たな経済成長のチャンス」「産業政策の中心テーマ」としてしのぎを削っているということを見てきたが、これは、「地球温暖化対策」「脱炭素」の技術革新をもってすれば、グリーンな経済成長が追求でき、また、経済が成長しても環境負荷が大きくならない、という考え方に基づいている。
 しかし、残念ながらそうは行かない。「地球温暖化対策」「脱炭素」と経済成長はまさにトレードオフ(両立しない関係)なのだ。繰り返しになるが、環境危機は、資本の価値増殖の運動が原因だ。他方、経済成長とは、資本の価値増殖の運動のことだ。つまり、自家撞着も甚だしい話で、議論は土台から矛盾・破綻している。
 自家撞着に薄々気づきつつ、「脱炭素で経済成長を」と掲げていることが、いかにデタラメであり、その本性が「大洪水よ、わが亡きあとに来たれ!」なのだ。

 註1 気候変動に関する政府間バネルIntergovernmental Panel on Climate Changeの略称。
 註2 動画『Nuclear for Climate』/2015年2月20日 一般社団法人・日本原子力産業協会HP 
 註3 K・マルクス『資本論』第1部第3篇第8章・労働日:「“大洪水よ、わが亡きあとに来たれ!”これがすべての資本家およびすべての資本家国民のスローガンである。それゆえ、資本は、社会によって強制されるのでなければ、労働者の健康と寿命にたいし、なんらの顧慮も払わない」
 註4 斉藤幸平『人新世の「資本論」』参照
 註5 国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)や、事前に開かれる国連気候変動交渉会議などの会期中、地球温暖化対策への姿勢が積極的でない国などにたいして、環境NGOなどから、非難と皮肉を込めて授与される賞。