
郵政産業労働者ユニオン(郵政ユニオン)所属の非正規職組合員11名が、日本郵便株式会社を相手に格差是正を求めて訴えた労働契約法20条裁判で2020年10月15日、最高裁判決が言い渡された。原告の訴えは、正社員と全く同じ業務をしながらも、正社員に支給、付与されている各種手当、休暇(有給)が非正規職には一切ないこと、及び、夏期・年末の一時金の格差が最大で7倍近くもあることが差別、不当、不合理というものであった。(※労働契約法20条の内容は、現在、パートタイム・有期雇用労働法8条に移行)
最高裁は、最も大きな格差がある一時金について原告の訴えを棄却しつつも、扶養手当、年末年始勤務手当、年始期間における祝日給、有給の病気休暇制度及び夏期冬期休暇制度の正社員との格差が不合理で違法であると認定(住居手当は一、二審で不合理と認定、被告の上告不受理)、原告の非正規雇用労働者が大きな勝利を得た。
ただし判決は、直接には原告のこれまでの損害への賠償を日本郵便に課すものであり、原告には賠償金が支払われるが、この判決内容が今後、自動的に日本郵便及び日本郵政グループ(以下郵政)の非正規職全体に反映されるものでないため、直後から、郵政ユニオンは違法状態が確定した非正規職の労働条件を速やかにあらためるよう会社に要求している。
ここで最高裁判決に先立つ、2018春闘における郵政の動きを振り返っておきたい。18春闘で郵政は労契法20条裁判の一審判決を見て違法認定はもはや逃れられないとの判断のもと、格差是正を表面的に取り繕おうと、何と正社員の労働条件引き下げを提示してきた。そして郵政における多数派労組=JP労組が、当然にも起きた内部の怒りの声を抑え込んでこれを飲み込み、不利益変更が行われた。その内容は、正社員の年末手当や寒冷地手当を無くしたり、扶養手当を削減するなどであった。中でも特に重大なのは、2014年に行われた人事給与制度の改悪で新たに設けられた一般職(それまでの一般職と区別するため当時は新一般職と呼ばれた)の労働条件切り下げであった。
一般職とは、地域基幹職と呼ばれる正社員(以前の一般職は現在この地域基幹職に含まれる。管理者、幹部およびそれに昇職できる社員。大卒の新採は最初からこの職)と区別されて転居を伴う配転などはないが(転居を伴わない配転はある)、賃金が最高でもだいたい450万円を超えて上がることのない低い労働条件が設定されている正社員である。18春闘で打ち出された不利益変更はその一般職を直撃するものであった。住居手当を10年かけて廃止し、採用後最初の年休発給数を減らされることが決まったのである。もともと一般職は、正社員と非正社員の間ぐらいの待遇にあると多くの労働者が受け止めていたが、これをより非正社員に近づけるような不利益変更を強行したのである。
非正規職が裁判にまで訴えたのは、正社員と全く同じ責任を負い、全く同じ仕事をしてるのにこの扱いは何なのかとの怒りが根本にあったが、一般職の思いも同様である。仕事に違いはない。しかし会社・郵政は、労働者をさらに細かく分断するやり方で裁判闘争の成果を踏みにじろうとしたのである。
原告が所属する郵政ユニオンは、当然にもこの会社のやり方を認めず、批判し、ストを含めて闘ってきたが、会社、 JP労組が一体的に進める攻勢を押しとどめるには至っていない。
最高裁はそういう状況の中で判決を言い渡した。そして上記の通り当該労組が郵政に対し、最高裁判決に応じた非正規職の待遇改善を明記する就業規則の改定を求めてきたが、判決から一年近くもたった9月後半、ようやく会社が公表した「労働契約法 20 条最高裁判決を踏まえた労働条件の見直しに関する基本的な考え方」は、またしても正社員の労働条件を削り落とし、非正規にしても改善と呼べるものはほとんどない、到底認められないものであった。2018年のように正社員の一部分への不利益変更ですらなく、郵政すべての労働者にとって不当で認めがたい内容に貫かれている。
(1)まず、現行よりさらに厳しい非正規職への解雇要件の新設が打ち出されている。
郵政の非正規職とは、正式には時給制契約社員という社員区分になり、6ヶ月の期間雇用契約で最初雇われるが、職場に定着する労働者も多く、契約更新が繰り返されてきた。以前から10年、20年という長期間、契約更新を続けてきた労働者も少なくなく、2013年、労契法18条、無期転換権施行にあわせて一足早く郵政でも無期転換権が認められて以降、無期雇用契約になった労働者はかなり多い(アソシエイト社員という。2021年4月現在、グループ全体で約11万人いる)。しかし郵政では、労契法18条の施行に合わせて人事制度を変える時に、一定の評価基準を満たさないと無期転換させない、つまり5年を超えた契約更新をせずに解雇するという不当な扱いも決められていたのであるが、今回、これをさらに切り縮めて3年で解雇するという、より厳しい改悪がこの最高裁判決への対応として狙われているのである。しかもその打ち出し方が、法律に基づく5年より早く3年を超える契約時に無期転換させる、というように恩着せがましく、一方で無期転換を希望しない者、評価が低い者は解雇するという内容なのである。
最高裁判決と何が関係あるのかと言えば、金輪際、労契法20条裁判のような訴えをさせないためなのである。労契法旧20条及び現行のパートタイム・有期雇用労働法8条は、有期雇用の労働者を対象とする法律なので、この法律を根拠に労働条件の不合理性を訴えようと思えば無期雇用に転換せずやるしかないが、今後、それをさせない、未然に防ぐ意図が郵政にあるから、このような解雇要件を定めようとしているのである。どこの会社でも公正な評価制度などなく郵政も然り。評価は恣意的に行われ、評価者の気に入らない者は実際に評価が低い現実がある。闘う者、歯向かう者は3年で簡単に解雇できるようになるということである。3年も雇っておきながら評価をあげないことはそもそも不当である。このような解雇の制度化は絶対認められない。
(2)さらに病気休暇について最高裁は、正社員が有給であることから原告の期間雇用社員が無給であることが不合理、違法との判断を確定したが、これへの対応として会社が示したのは、有給の病気休暇は正社員も含めて31日以上休む場合のみ認める、30日までは、病気療養が必要で休んでも、正社員、非正社員に関わりなく無給とするというものである。現在、正社員は生理休暇が病休として扱われており、したがって有給であるが、当然これも無給となる。そもそも30日を超えて休まなければならないことのほうが少ないから、ほとんどの病休のケースが無給とされることになる。その上に、非正社員でもアソシエイト社員には有給の病休を15日間付与することも認めているが、30日までは無給で31日以降休んだ場合15日間だけ有給になるということで形だけ認められたようなものでしかない。さらに有期雇用社員には結局、有給の病休は認めないままである。
この病休見直しの考え方について郵政は、JP労組、郵政ユニオン双方に、世間一般とか、他の企業とかを引き合いに出し、病休が無給なのは当たり前、これまでが手厚すぎたなどという言い方をあからさまに示している。正社員、非正社員問わずこのような言い分を許すのかということが問われている。
(3)夏期・冬期休暇の見直して、これまで正社員に対しそれぞれ3日ずつ年に6日間あった年休とは別の有給休暇削減をも打ち出している。
2018年の変更において、正社員にのみこの休暇を付与していることの違法性から逃れられないと考えた会社は、有期雇用の時給制契約社員には付与しないままアソシエイト社員(無期雇用)にだけ夏冬一日ずつの休暇付与を新設したが、それをさらに有期雇用社員に増やすためには正社員に泣いてもらうしかないとばかりにわかりやすく1日ずつ、年間2日間を削減し、有期雇用社員に1日ずつ(年2日)付与すると示している。最高裁判決は、正社員と同様の休みがないのが違法としているのに、あくまで格差をつけつつ、正社員への不利益変更も行うというものである。
この休暇の見直しに関して、JP労組の動きが会社以上にひどいがそれは後述する。
(4)正月、三が日のうち正社員にだけ3日とも割増賃金があったことの不合理性につき、割増分を廃止して、その分非正規への年始手当を若干上乗せするという、新たな会社持ち出しは一切しないという方針も示している。
このような、最高裁判決を受けた日本郵政の労働条件見直し方針は、非正規の権利拡大と呼べるものはほとんどなく、わずかにプラスになるのは、夏冬の休暇が1日ずつ付与されることだけある。その一方で正社員の労働条件はいっそう削り取られる。そればかりか非正規も評価次第で3年で解雇、無期転換拒否でも解雇ということが前提とされる中では、休みが2日増えても何の足しにもならない。雇用不安がより大きくなり、ますます物が言いにくくなるだけである。従順に支配される労働者ばかりの職場になりかねないのである。労契法18条やパート・有期雇用労働法8条の立法趣旨にも完全に反する。このような方針を絶対に許すわけにはいかない。
しかし郵政の労働者代表たるJP労組は、この会社提案を一緒に考えたかのような悪辣な動きを示している。
JP労組は最高裁判決の翌日である2020年10月16日、「JP労組総合情報 中央総合情報第70号 <件名>同一労働同一賃金に向けた取り組み」にて早くも判決への対応方針を明らかにしていた。
そこではまず、JP労組として非正規の処遇改善に向けて継続して取り組んできたと誇りながら、17春闘交渉以降、労契法20条裁判の状況も見ながら、さらに「…将来の訴訟リスクに備える取り組み、つまり、JP労組の交渉結果および労働協約が訴訟の対象になるリスクを排除するための取り組み…」として、本レポートの最初のほうで明らかにしたような18春闘での不利益変更を認める交渉をやり切ったと振り返っている。そしてそれが「持続的な雇用と労働条件を見出していく取り組みであった」と積極的に評価している。その上で、最高裁判決を「会社の敗訴」と表現することを通して、非正規労働者の立場から受け止めようとしていない姿を隠そうともせず、18春闘での正社員の不利益変更をもってしてもまだいろいろ見直す必要のある判決となっているから、それについて速やかに対応方針を練る必要があるという内容が展開されている。その中ではわざわざ、「このたびの最高裁判決は、あくまでも原告の訴えをふまえた事実関係のもとでの判決(事例判断)であり、判例とはなるものの、労契法旧20条の施行に遡って全体の適用が求められるような判決や命令が下されるようなものではない。」と断って、対応を考えるべきと言っている。最高裁判決の内容の適用をいかに限定的なものにするか、もしくは骨抜きにするか、その検討が大事だと言っているようにしか読めない。要するに判決に敵対的なのである。「過去に遡って支給を求めるような議論を行うようになれば、会社からは、現実的な支払い能力等から大幅な一時金の引下げを含めた労働条件の引下げが提案されてくる可能性が高く」などと会社の立場で心配さえしている。
そしてこのような考え方に基づき2022春闘方針に関する論議は、会社・郵政による、判決を受けた考え方を労組の側からも積極的に推進するものとなっている。JP労組新聞2021年11月1日付け第317号「あなたも議論に参加しよう!! 22春闘討論特集号」がそうした内容を全面展開している。
もともとJP労組の語り口は主語が「組合員」である。非組合員や他労組の労働者のことなどあらかじめ切り捨てている(JP労組組合員であっても排除されているような人も少なくないという話もよく聞いているが)。この317号でも当然組合員を主語にして展開している。そこでは「持続可能な手当・休暇制度のあり方について検討」「組合員の生活を守るためには、何よりも組合員の雇用を守る必要がある」「組合員とその家族の生活を守るため」「日本郵政グループは、将来にわたる持続可能性が極めて乏しい」などという言葉が並んでいる。組合員が安定的に働き続けられるためには組合員でないを者を切り捨て、少々の不利益変更を受け入れる判断も必要になってきているとでも言わんばかりである。
具体的には夏期冬期休暇の削減やむなしという前提に立ち、三つの案を示している。その中には夏期冬期休暇全廃という会社の考え方以上の激しい方針さえある。夏期冬期休暇全廃で74億円が浮くからそれを原資に基本賃金アップに回せるからマイナスではないという論理で。この言い回しに騙される者がいるのだろうか。この間春闘で郵政は6年続けてベアゼロ回答である。ほとんど抵抗もなしにそれをJP労組が飲んできたのである。そのことを棚に上げて休み廃止で基本賃金アップとか言って誰が喜ぶというのか。郵政、特に日本郵便ではもうずっと前から要員不足を何とかして欲しいという声が最も多い。労働者は常に疲れているのである。そんな中で、わかりやすく言えば、有給休暇をカネで買い上げるような方針など認められるはずがない。何より非正規職への差別解消にJP労組が何の興味もないことを明らかにしたのである。
さらに、きわめて大きな不利益変更となる病気休暇の無給化について、このJP労組新聞317号では全く触れられていない。関連するJP労組「組織内討議資料」の中で「受け止められるものではないことから修正を強く求めていく」という一文があるのみである。厳しい批判を直ちにしないところで「修正を強く求めていく」と言っても信じられるものではない。
結局JP労組本部は「…手当等の基本賃金へのシフト、そして夏期冬期休暇の見直しには大きな変化が伴います。それは、従来の労働組合の常道からすると、かなり踏み込んだ挑戦です。しかし・・・、今だからできるかもしれない主体的な挑戦を先送りしてしまえば、将来にそのツケを回してしまうことにもなりかねません」(同317号)と言って労働組合の取る方針でないことを自覚し開き直りながら組合員すべてにこの方針を認めさせようとしているのである。2018春闘における不利益変更に対し、メディアも大きく批判的に取り上げた一方で当の郵政労働者の中からの怒りの声がまだまだ小さかった。今回の不利益変更に対してはそんなもので済ませるわけにはいかない。組合の違いをも超えた反対の大きな運動が今度こそ求められている。
10月から土曜休配が始まり、労働強化につながっている現場も少なくない。その上さらに、2025年度までの中期経営計画「JPビジョン2025」で労働者35000人削減が打ち出されている。集配現場ではドライブレコーダーの配備が進み、また?cat端末の携帯が義務付けられ、常時監視されるような状況にあり、労務管理が確実に強化されている。それは悪評価や処分の乱発にもつながっている。パワハラも減っていない。その中で近畿管内では交通事故が異常に多発してもいる。現場で、実力でそのような状況に立ち向かうわれわれ活動家に労働相談は絶えない。しかしその相談などを通じてたたかう労働者の隊列も確実に強化されつつある。郵政のこのような厳しい状況を変える力がその中にある。22春闘に向けて組合の違いを超えて職場からの闘いを創りあげなければならない。
この件、ここまで詳しくはないですが、昨日1月7日朝日新聞朝刊に掲載されてましたね。
「正社員の休暇減らす」日本郵政、待遇格差認定の判決受け提案
一時Twitterのトレンドに日本郵政、正社員休暇を減らすという言葉がでるほど、反響があったようです。郵政のこんなやり方が広く知れ渡ってよかったと思います。撤回させて、非正規の待遇あげたいですね。
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