朝鮮民主主義人民共和国の支配政党、朝鮮労働党は今年1月、第8回大会を開催した。そこで発表された「党規約の改正」は、労働党の最重要路線である「南朝鮮革命統一論」の転換を示唆するものであった。金正恩と労働党に何が起こっているのか。在日韓国研究所代表の金光男さんが分析した。(12月4日、京都市内で開かれた現代コリア研究会で講演、取材・文責/本紙編集部)
▽「統一」から「国防」へ
今年5月31日、韓国・ハンギョレ新聞が朝鮮労働党(以下、「労働党」)の改正規約全文を入手したことを明らかにし、その一部を公表した。労働党は1月の党大会で規約改正を行ったことは発表していたが、その内容については明らかにされていなかった。
ハンギョレ新聞は、今回の規約改正のポイントを3点にまとめている。
第一は、労働党が「南朝鮮革命統一論」を事実上破棄したというもの。新規約序文では、全国的範囲で「民族解放民主主義革命の課業を遂行」という文言が削除され、「社会の自主的で民主主義的な発展を実現する」に変更されている。「統一第一」から「国防第一」への転換である。
第二に、「個人」による統治から、「制度」による統治に移行したというもの。新規約では、「金日成、金正日、金正恩」という個人名が消え、主語が「労働党」に置き換わっている。
第三に、「金正恩の代理人」を新設したというものだ。新規約では「党中央委員会第1書記」は「労働党総書記の代理人」であると明記した。
▽”金正恩党”完成
ハンギョレ新聞の報道を受けて、韓国では6月、第一線級の研究者、国会議員などによるシンポジウムが開かれ、「規約改正」をめぐって討論が行われた。主な論点は、「北は統一を放棄したのか」、「北は二つの国家を志向しているのか」「第1書記制の新設は何を意味するのか」などであった。
このシンポの結論は、「北は統一を放棄したと断ずるのは誤りで、北は統一を長い過程で見ている」という見解でひとまずまとまった。そして今回の党規約改正のもっとも重要な特徴は、「北が自身の社会発展に合わせて、追求する革命発展段階を定め、これを党規約に反映させたことである」という考え方を示した。
同じく6月、韓国における「北朝鮮研究」の第一人者、李鍾?(イ・ジョンソク)元統一省長官は、「今回の党規約改正で”金正恩党”完成した」とする分析を明らかにした。
それは、南朝鮮革命論の根拠を削除し、一国主義傾向を進化させたこと。「先軍政治」を削除し、経済建設総力集中路線の根拠となる人民大衆第一主義を掲げたこと。第一書記を最高指導者の代理人は、金日成直系に限られるため、有事の際に金与正がこのポストに登用される可能性が高いことなどから結論づけられるという。
それは「金正恩党の完成」であると同時に、労働党が「主体思想の党から正統マルクス主義党への部分的回帰」に向かうのではないかという。
▽党の制度的運営
私は今回の規約改正を、労働党の制度的運営が安定した結果であると見ている。それは党大会の開催状況を見れば歴然としている。労働党は75年の歴史の中で8回しか党大会を開いていない。金日成時代の6回大会(1980年)以降、36年間、大会は開かれなかった。金正日は一回も大会を開かなかった。金正恩は9年間で、第7回大会(16年)と第8回大会(21年)の2回開催している。7回大会以降、中央委員会政治局会議・拡大会議、中央軍事委員会会議・拡大会議などが頻繁に開催され、その内容が一部公開されている。
こうした実績をふまえて、新規約では党大会を5年に1回開催することになった。新規約の主語が「党」になっているのは、個人のカリスマ性に依存する必要がなくなってきたからだろう。
またそれは、労働党が”時代の変化”無視できなくなった結果でもある。南北間の経済格差は著しい。韓国が世界第10位の経済大国となった今、「民族解放民主主義革命」に現実性はない。
総じて、金正日の「先軍」政治から、金正恩の「先党」政治への移行であると判断したい。「先党」政治とは、私の造語だが、新規約では「先軍」や「経済建設と核武力建設の並進路線」の文字が消え、「自力更生の旗の下で経済建設」「人民第一主義」に置き換わった。
これは、金正恩が軍の粛清と掌握を進めてきた結果である。新規約では党総書記が主宰する党中央委員会政治局常務委員会の権限が強化され、そのもとに軍総政治局が置かれることになり、名実ともに「先軍」政治は終わりを告げた。
▽「二つの主権国家」
8回大会では「国家経済発展5カ年計画」(昨年終了)で立てた目標のほとんどが達成されなかったことが明らかにされた。「経済制裁の長期化」「台風による水害被害」「新型コロナによる国境閉鎖」という三重苦によって、きびしい経済危機に直面している。
私はこうした危機の克服は、「南北協力」にあると考えている。しかし、金正恩は「思想的汚染」を恐れ、かえって国内での「思想闘争」を強化し、民衆を締め付けている。北が過去に破産している「自力更生路線」に固執するかぎり、将来展望を描くのはむずかしい。
こうした中で、労働党は南北の著しい国力の差によって北主導による統一の現実性がないことを認めた。そして、祖国統一を長期的目標として掲げながらも、実際には「二つの主権国家の併存」を志向している。
金日成や金正日の権威から自立した金正恩による、党主導の社会主義国家建設と、「制限的な公開」「権限の一部分担」を含む正常な党運営、これが今回の規約改正の目的であろう。