乙女塚で落ち葉を掃く永野三智さん(21年11月)

 水俣市の袋という所に水俣病センター・相思社があります。地域の若者たちが水俣病歴史考証館の運営や水俣町案内、無農薬のお茶などの販売を行なっています。水俣病患者さんの相談も活動の大きな柱です。
 その相思社の永野三智さんのお話しを聞く機会ができました。お話しを聞き、「水俣病事件の今」を考えませんか。
昨年から今年にかけ、水俣病をテーマにした映画が公開されました。『MINAMATA』と『水俣曼荼羅』です。あらためて水俣病問題を考えるきっかけになりました。
 私自身もつい最近まで「水俣は終わった」と思っていました。不知火海は埋め立てられ見た目はきれいになり、1995年の総合対策医療事業と2009年水俣病救済法という2度に渡る政治決着で「終わった」と思ってきたのでした。
 68年に水俣病が「公害病」と国が認めてから、これまで認定されたのは約2300人。今も患者認定を求める人は熊本・鹿児島両県で1400人にのぼります。国や熊本県などに裁判を続ける人も約1700人。現在8つの裁判が係争中です。第2世代裁判の最高裁判決が3月31日に出される予定です。
 水俣病患者の9割は亡くなっているそうです。胎児性水俣病患者の人たちも70歳前後になります。蒲島郁夫・熊本県知事は「私の任期中に水俣病をかたづける(解決ではなく)」と言っています。行政は毎年、認定申請を大量に却下しつつ、水俣病患者が死に絶えるのを待っているのです。昨年、水俣を訪れたとき、茂道漁港に近く海底から真水が湧き上がり、キラキラと輝く海面を見ていると、かつて有機水銀に冒された海とは想像もできないくらいでした。毎年5月1日に、水俣病患者互助会が慰霊祭を行なう場である乙女塚。21歳で亡くなった胎児性水俣病患者の上村智子さんを追悼する場です。智子さんの遺品などを収めた石室と金城実さん制作の『海の母子』像があります。(こじま・みちお)
■「いまを生きる私たちと水俣」永野三智さん講演会■4月23日(土)14:00〜■海外移住と文化の交流センター(神戸市山本通4丁目、JR「元町」から北へ15分、地下鉄「県庁前」から北へ10分)■永野三智講演会実行委員会〔問い合わせ〕090—2069—5730