高作正博さん(関西大教授)の憲法勉強会から。「ロシアのウクライナ侵攻と、日本の改憲論への動き」。前号に続き、要旨を紹介する。(竹田)

政府の憲法解釈、見解は「自国を守るための必要最小限度の自衛力保有」を可能としている。「自国を」は、安保法制により内容が変化した。核兵器保有も、「必要最小限度の範囲で可能」(政策レベルで保有しない)とする。敵基地攻撃能力の保有も、同じ見解である。
ウクライナとロシア、日本を巡る状況はもちろん違う。しかし、この戦争により改憲を求める声が高まることは想定される。昨年の総選挙後、維新の松井代表は「7月参院選に合わせ国民投票を」と述べた。
一方、国会を含め、改憲議論がそれほどされているわけではない。参院選をやり過ごせば、次の衆院選まで3年。いわゆる「黄金の3年間」でやればいい、という意見が大勢のようだ。改憲論が動き出してからではなく、いまから反対運動を再構築していくことが肝要となる。
 
集団的自衛権と9条
 
問題がいくつかある。憲法改正の可能性と自民党の改憲草案である。「自衛権を明記する」のか、安倍元首相が言ってきた「自衛隊を明記する」か、どちらかに絞り込まれるだろう。いずれも集団的自衛権を容認しているため、当然それを含む自衛権になり、自衛隊もそれを行使できる軍隊として明記される。 
新たな安保法制のもとでの改憲は9条を大きく変質させる。「これまでと変わらない」と改憲を言う人たちもいるが、自衛隊は変質しており、それが憲法に入ってくることになる。まったく違った憲法になると考えなければならない。
 
敵基地・核保有・核共有
 
政策も変わる。一つは敵基地攻撃能力の保有、もう一つは核兵器保有、共有が問題となる。それは確実に周辺諸国を強く刺激し、緊張関係が高まる。外交こそ政治の仕事であり、軍拡には慎重であるべき。核兵器保有論は、対米関係にも影響する。アメリカは日本の対米不信と受けとるだろう。「米の核の傘に代わる兵力」とは、核も含む膨大な軍備を持とうとすることを意味する。莫大な費用となり大きな疑問であり、現実的でもない。
「議論はするべき」の意見もあるが、そのような議論が何をもたらすか。憲法改正論も含め、とても「筋がいい議論、現実的議論」とは言えない。ウクライナ情勢を受けた改憲議論があるとしても、浮き足立って行なうべきではない。
 
わかり易さに頼らない
 
民主主義への挑戦となったロシアの行動が、日本の改憲論に影響を与えるのは否めない。民主主義(国家)の内部から問題が起きるのであれば、もう一度、民主主義の再生を追求しなければ。
そのためにも「ロシアの軍事侵攻に反対、誰の武力行使にも反対」を貫く。「人道的な介入」も、どのようにでも悪用される。いくら人道的な理由があっても、武力行使による解決には反対する。国家の行為と人民は違う。ウクライナ、ロシアの市民との連帯が大切。ロシア市民への差別と偏見はあってはならない。
民主主義への視点からは、2項対立に陥らないこと。世界は善悪のみでは測れない。「わかり易さ、良い悪い」に頼らない。政治を不満のはけ口にしない。社会は、さまざまな人びとにより構成される。意見、考え方の違いを認め合う。それが民主主義や共生の前提だろう。    (おわり)