今年で4回目となった「アジアから問われる日本の戦争」展(大阪市内、4月30〜5月1日 写真左)。15年、当時大阪府知事の松井一郎(現大阪市長)が戦争の真実を知らせない、歴史認識を歪曲しようと「ピースおおさか」展示から加害部分を撤去した。コロナの影響で、中止や延期を余儀なくされてきたが、関係者の努力で開催にこぎ着けた。
 南京大虐殺、関東大震災と朝鮮人・中国人虐殺の真相、日清・日露戦争と韓国「併合」、約30の展示ブースが置かれ、訪れた人たちが展示や映像に見入った。私がとくに心に残ったのは「親たちの戦争体験を受け継ぎ、私たちの世代にできることは」という黒井秋夫さん(PTSDの復員日本兵と暮らした家族が語り合う会)の講演だった。
 戦争を遂行するため、国は、そのじゃまになるPTSDの日本兵はいてはいけないことにした。当時も今も、そうである。国と軍は一貫して社会に隠し続けた。国府台陸軍病院の院長だった諏訪敬三郎さんは、「カルテを50年間、隠すよう」緘口令を敷かれたという。国民は戦争の実態を知らされない上に、PTSDは恥ずべきこととして隠した。黒井さんの父、慶一郎さんもその一人。中国の前線で酷い任務に着かされ、ひたすら神国日本の価値観に従い子どもまで殺し、自分を壊した。
 15年戦争の期間中、運良く帰還できた延べ約800万人のうち20〜50%300万人がPTSDを発症。聖戦から、敗戦日本は掌を返すように価値観を変える。生きる指針を失った帰還兵士たちは自殺、殺人暴力、麻薬やアルコール中毒、ギャンブル依存、無気力に陥り、その世話と苦難に家族も襲われた。
諏訪さんが、大変な思いで隠さざるを得なかったカルテ。「50年後」には、ほとんどの元兵士は亡くなっていた。しかし、家族にもPTSDは残されている。少しでも話すことで戦争と残酷の呪縛から解かれるのではないか。今からでもいい。黒井さんは、「国と戦争の無法、ウソを暴き、再び戦争に協力することのないよう。憲法9条を体現し未来に引き継ぎたい」と訴えた。 (投稿/石川豊子)