「トリクルダウンは起こらない」 世界不平等レポート2022

 

 「改革なくして成長なし」など、この30年来、「改革」が叫ばれてきたが、賃金は上がらず、景気もよくならない。どうして?何を「改革」してきたのか?改めて検討し、維新の位置も確認しよう。

「改革」という場合、大きく3つの側面に整理できる。(1)雇用重視から株主重視への企業経営の転換。(2)賃金主導型から企業利潤主導型への経済政策の転換。(3)公的サービス削減や民営化で、(1)(2)に対応する制度転換。以下では主に(1)(2)に言及する。
 
(1)株主重視へ
    経営観の転換
 
 「企業は、株主にどれだけ報いるかだ。雇用や国のあり方まで経営者が考える必要はない」(宮内義彦・オリックス社長・当時)、「それはあなた、国賊だ。我々はそんな気持ちで経営をやってきたんじゃない」(今井敬・新日本製鉄社長・当時)(朝日新聞取材班『失われた〈20年〉』)
 雇用重視か、株主重視か。およそ30年前(1994年)、経済界を二分する論争があった。そこでの株主重視派の勝利をもって、「改革」が本格化していった。宮内は、その後、規制改革関連の政府審議会の長を10年以上歴任、「改革」をけん引した。
 戦後の企業経営は、経営者が経営を主導し、株主を抑えつつ、雇用や賃金を曲がりなりにも重視するというものだった。それにたいして、株主重視の経営とは、宮内の言うように「企業は株主に報いる。雇用は考えない」という経営観だ。これがグローバル化に対応した「改革」の基本思想であり、新自由主義の核心だ。
 株主とは、投資ファンドや機関投資家など、主に海外投資家。国家の規制を受けず、グローバルに展開し、資本の収益率だけを基準に投資先を取捨選択しているグローバル資本。グローバル資本は、雇用や社会がどうなるか、安全や環境がどうなるかなどに一切関心がない。収益率の観点だけから、労働者保護規制の緩和を要求し、非正規雇用に置き換え、労働コスト削減を徹底する。株主の利益最大化が経営者の役割で、それができない経営者は株主によって解任される。
 この20年以上、賃金が上がっていない理由は、端的に、グローバル資本が企業を支配して利益を奪い、賃金に回さないからなのだ。
 
(2)投資家・経営者優遇へ 経済政策の転換
 
 資本主義は、国家として、経済を成長させる政策が必要だ。それには大別して2つの型がある。一つは、「賃金主導型」成長戦略、今一つは、「企業利潤主導型」成長戦略。
 賃金主導型は、賃上げをテコに需要を拡大し、もって企業の利益も拡大し、経済全体の成長を実現していく戦略。多かれ少なかれ、全体が利益を得るという考え方。そこでは、強い労働組合や労働者保護規制が大きな役割を果たす。70年代までは米欧日ともこのような考え方だった。
 対して、企業利潤主導型は、投資家・経営者を減税などで優遇し、企業活動にたいする規制を撤廃し、資源を企業に集中し、とにかく企業の利益増大を追求する。そうすれば、やがて、経済全体も成長するし、労働者にも利益が配分されるだろう(トリクルダウン[したたり落ちる]仮説)というもの。 
 80年代に、アメリカが企業利潤主導型への転換を開始し、90年代後半には日本も追随した。
 この戦略の中心は、労働者保護規制を緩和・撤廃し、労働組合を弱体化させ、労働者を激しい競争にさらすことで、労働コストを徹底的に削減することだ。グローバル化は、相対的に高賃金の先進国労働者を切り捨て、低賃金の新興国労働者に取り換える方向で進むので、労働コスト削減のムチとして決定的だ。そしてこの戦略の旨味は、企業が技術革新の投資と努力をせずに利益を増やせるという安直さだ。 
 こんな政策を理論的に支えているのが、「トリクルダウン仮説」だ(次回解説)。しかし、株主の利益最大化を要求するグローバル資本は、企業の利益が増大しても、それを全部、持ち去る。「トリクルダウンは起こらない」ということは、トマ・ピケティらの調査(「世界不平等レポート2022」)でも実証研究されている。
 結局、ここを貫く考え方も「株主に報いる。雇用は考えない」だ。つまり、労働者を犠牲にし、経営者・投資家は自分の分け前だけ最大化、社会全体の富は増えない。それがもたらす結果は、すさまじい格差の拡大と国内経済の長期停滞だ。
 
国内に見切り
 
 この間、安倍、菅、岸田の各政権が、「改革」を掲げ、各々経済政策を打ち出してきたが、経済は一向に好転していない。しかし、政策の失敗ではない。それが狙いなのだ。グローバル資本の要求に応え、賃金を抑制する観点から、国内経済は停滞でよいのだ。「国内市場で成長する時代は終焉」(経産省2010年6月)と明言するように、人口減少の進む国内には見切りをつけ、グローバルな競争に活路を見いだすとしている。国内の製造業や農業は淘汰、残るのは貿易できないサービス業。そこで労働者を非正規で雇用する。安価な生活物資の輸入で、労働者を食わす。これが各々の政策に共通する基調だ。
 この基調の下で、安倍が行ったのは、わけても円安誘導だ。円安で輸出価格は上昇、しかし賃金に反映させない。よって企業の利益は増大、株価は上昇するというものだった。菅の場合、中小企業の「新陳代謝」。従来の日本経済は、中小企業の技術と低賃金構造に支えられてきた。それを新陳代謝するとは、グローバル競争に対応しうる選ばれた業態・企業は公的に支援し、それ以外は淘汰ということだ。
 岸田の場合、「格差解消」「分配」を言うが、具体性がなく、政策の基調は同じだ。ただ、「経済安保」を強調、「経済産業政策の新機軸」(経産省2021年11月)として、半導体など選ばれた業種について、国内回帰を政府が支援する。もちろん、それ以外は淘汰だ。
大阪府市で維新が推進する政策はどうか。上で見た「改革」の(1)株主重視へ、(2)企業利潤主導型への転換を地方行政において率先推進し、かつ、(3)公的サービスは削減、中小企業は淘汰で、グローバル資本に資源を集中するというものだ。しかも、それを、首長のトップダウンで進めるというものだ。  (つづく)