核兵器禁止条約の第1回締約国会議は、即時行動を呼びかける「ウィーン宣言」「行動計画」を採択し閉会した(6月23日、ウィーン)。広島の若者たちは会議が開かれたオーストリアのウィーンとインターネットで結んで、「核なき世界」に向けてメッセージを発信した。(本間/松浦)

ウィーン宣言はヒバクシャをはじめとする世界のさまざまな団体・個人が「核兵器廃絶のための貴重な貢献」を果たしてきたことに感謝の意を表明した。そして「9カ国がなお1万3千発を保有」していることに強い懸念を表明し、「再び使われないと保証する唯一の手段は、核なき世界」であると明言。核保有国と核の傘の下にいる国が「核兵器への依存を減らすための真剣な措置をとっていない」と批判した。
 
ウィーンと広島を結ぶ
 
広島市中区にあるカフェ「ハチドリ舎」では開催初日の21日、ウィーンと広島を結ぶインターネット中継イベントが開催された。現地からは、核政策を知りたい広島若者有権者の会(カクワカ広島)の共同代表・田中美穂さん、シンガーソングライター瀬戸麻由さんらが伝えてきた。田中さんは「世界は核廃絶に向かっている」と話した。核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が事前に開いた市民社会フォーラムでは、参加者たちが涙を流しながら拍手し、「この時を待っていたと歓声が上がった」という。
瀬戸さんは、核戦争防止国際医師会議(IPPNW)の自転車ツアーにも参加した。各国から集まった医学生ら約30人が、自転車でウィーンの街を駆けながら「ヘイヘイ、ホウホウ。核兵器とはさよならだ!」と声を上げ、締約国会議へ要求と期待を盛り上げる。
昨年の8・6ヒロシマ平和の夕べで発言した、KNOW NUKES TOKYO共同代表の高橋悠太さんも現地から。被爆三世の中村涼香さんは、「ユース非核特使」としてウィーンに。前日に開催された核兵器の非人道性に関する国際会議で、日本政府の条約不参加について「残念だ。ウィーンで身内(日本政府)に対応を求めなければならないのか…」と話した。近大広島高校福山校、長崎青雲高校などから高校生たちも参加した。ユーチューブで発信し、長崎にいる仲間がその様子をインスタグラムに投稿する。それらは日本や世界の若者たちに伝わり影響を広げ、行動につなげている。
本会議を傍聴した福永楓さん(長崎大大学院)は、北大西洋条約機構(NATO)加盟国で「核の傘」に依存する国々などがオブザーバー参加したことに、「条約の賛否にかかわらず参加と発言の機会がある。革新的だった」と語る。
今年8月6日、平和の夕べで被爆を証言する小倉桂子さん(84)は、広島で聞きながら「若い世代がヒロシマ、ナガサキを海外で伝える。それに学びたい」と話した。
第1回会議にはドイツ、ノルウェー、ベルギー、オランダのNATO諸国、オーストラリアなどがオブザーバー参加した。ドイツ代表は「(NATO加盟国であり条約に参加できないが)核なき世界の実現という目標を共有している」と述べ、議長を務めたオーストリア代表は「われわれは正しい方向に向かっている。核廃絶は可能だということを証明しよう」と呼びかけた。一方で、フランスは「条約によって新たな義務を負わされることはない」(マクロン大統領)と背を向けた。唯一の戦争被爆国であり「保有国と非保有国の橋渡しする」(岸田首相)という日本は、オブザーバー参加も拒否しながら、どういう「橋渡し」のつもりか。米英仏の保有国、禁止条約不参加国を含めた来年のG7を広島で開催するという。被爆地・広島を利用し、「保有と傘」を容認するに等しい。
 
NPTに議論が移るが
 
問題は、8月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に移る。
しかし、NPTは保有国による「軍縮」条約であることも免れない。核兵器禁止条約を「理念」とし、NPTを「現実的方策」と見てはならないだろう。「核兵器の開発、実験、製造、保有、移譲、威嚇 …」など、すべてを禁止する核兵器禁止条約こそ現実にすることだ。