
命をかけて戦場に出動する自衛隊員の気持ちを考えて見れば、一層わかりやすい。自国が戦争にならないように懸命に努力してくれたが、その努力も空しくついに相手が日本を攻撃してきたという場合、自衛隊員は祖国のために自らの命を捧げようとする気持ちにもなるかもしれません。
しかし、逆に平和への努力もせず、戦争準備にばかり熱心で、しかも相手に「かかってくるならこい」というような挑発的言動をしているような政府の下では、いざ出陣といわれても、自衛隊員たちは、祖国のために命を懸けて尽くそうと思う気持ちになれるでしょうか。士気が上がるとは思えません。
自衛隊法76条1項一号の出動の承認についても、国会で議論すべき論点はいくつもありそうです。簡単に承認すべきではないと思います。
「一つの中国」について
さきに、台湾は国ではないので、台湾支援のための集団的自衛権発動はできないと述べました。
政府は、もしやろうとすれば、台湾有事が発生したとき直ちに台湾の独立を承認して「国」と認め、二号の集団的自衛権行使の要件を満たしたうえ、自衛隊に出動命令を出すということも考えられます。
しかし、台湾の独立承認は、「一つの中国」ではなく「二つの中国」を認めようとするもので、アジアのみならず世界の秩序の変更であり、中国はこれを決して容認することはありません。台湾独立を承認するということは、中国との間に永遠の対立を招く重大な事柄です。台湾の承認は簡単ではなく、「二つの中国」を前提にして台湾支援の集団的自衛権行使に突破口を開こうとするやり方は容易ではありません。
じつは、アメリカでさえも台湾が中国に攻撃された時、台湾防衛に出るかどうかについては、「あいまい戦略」をとっていると言われています。どういうことかというと、米国も現在「一つの中国」すなわち「一国二制度」を守っていて、台湾を国として認めていません。したがって、そのままでは、台湾支援のために米軍を出動させるための国連憲章51条をクリアすることができません。国連憲章51条にも、「加盟国」に対して武力攻撃が発生したことが要件となっていて、台湾が国でないという点が集団的自衛権発動のネックとなるのです。
国連憲章51条
「この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的または集団的自衛の固有の権利を害するものではない。この自衛権の行使に当って加盟国が措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持又は回復のために必要と認める行動をいつでもとるこの憲章に基く権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。」(国連憲章第51条)
「一つの中国」が世界の秩序となっていて、米国もその「一つの中国」を守っていることで、かろうじて米中関係が戦争にならずに平和が維持できている。そうした状況のもとでは、アメリカも台湾有事になればすぐに台湾の独立を承認すればいい、とは簡単に考えるわけにはいかないのです。米国内での反中国感情、親台湾感情の高まりにもかかわらず「あいまい戦略」をとらざるを得ないのです。
バイデン大統領が台湾問題の緊張をあおるかのような言動をするのは、国内世論を意識して次期の選挙をも狙ったポピュリズムではないか、台湾や日本に武器を売る軍需産業をもうけさせるためにしているにすぎない、本気で二つの中国をめざすわけではない、そういった見方もあるようです。たしかに、アメリカも中国と大きな戦争になることは避けたい気持ちはあると思います。そして、台湾有事の場合においては、自分の方にくる中国からの攻撃は最小限に抑えて深入りせず、その代わり日本を矢面にたたせて戦わせるというずるい戦略もあり得るのではないかとも思えます。
「君子危うきに」論
「君子危うきに近寄らず」という格言を改めて考えています。琉球弧における自衛隊・米軍の戦争準備行動は、危うきに近づこうとするものです。こういう危いことをしておいて、いわば挑発的行動をしておいて、相手すなわち中国がでてきたから、それ自衛隊の出動だ、やれ戦争だというのは、あまりにも憲法9条の戦争放棄の理念を軽く見すぎる態度ではないかということです。
「君子危うきに近寄らず」に、反発をおぼえる面もあるかと思われます。何か大切なものから目を背け、逃げようとする姿勢も感じさせる言葉です。しかし、ここは大事な考えどころです。
私たち多くの日本人は、今や台湾の独立をできることなら達成させてあげたいと思っています。私もその一人です。その台湾が、独立を求めて立ち上がるや中国から武力で制圧されようとすることは納得しがたい、台湾の支援をしたいと考えることは、ある意味ではまっとうな感覚だと思います。
ただ、だからと言って中国と台湾との間の紛争が日本やアメリカをも巻き込んだ大きな戦争になる、それは戦争被害の拡大の意味からいって、客観的にみればやはりまずいことではないでしょうか。あとでも触れますが、中国はアメリカや日本が支援したからといって、台湾から手をひくことは絶対にないのです。台湾の人びとも、自分たちの独立を助けたいという気持ちはありがたいと思うでしょうが、そのために日本やアメリカの若者たちの多くの血が流されることを喜び期待しているでしょうか。
(ブログ「隠居老人の日中不戦祈願」参照/見出し、小見出しは本紙)