私たちがあまり知らない欧米の歴史修正主義の歴史と実態を、歴史学者としての責任を痛切に問いながら、追っている。
1978年、歴史修正研究所(米)がアウシュビッツの「ガス処刑」を証明できたら5万ドルの報奨金をだすという催しを行なった。ガス室での生存者はあり得ず、収容所生存者が呼びかけに応えなければ、「ガス処刑」の事実がなかったとする魂胆である。
家族全員をガス室で殺され、「死の行進」を生き抜いたメル・アーメルスタインが腕に彫られた囚人番号や赤十字の生存者名簿等を示して証言したが、主催者は「証拠不十分」と却下。彼が契約不履行訴訟を起こすと、裁判所は大量ガス虐殺は「議論の余地ない事実」と、報奨金プラス慰謝料(計9万ドル)と生存者への謝罪を命ずる和解勧告を出し、主催者も応じざるを得なかった。
カナダでも「ツンデル裁判」(85年と88年)で、エルンスト・ツンデル(ホロコースト否定論者)に9~15カ月の禁固刑が言い渡された。イギリスでは、「歴史が被告席に立たされた」と話題となった「アーヴィング裁判」(2000年)がある。デボラ・リップシュタット(『ホロコーストの真実』の著者・歴史家)を、デイヴィッド・アーヴィング(「ホロコースト否定の最も危険な代弁者」)が名誉棄損で訴えた(「沖縄戦集団自決裁判」と類似)。判決は、歴史の歪曲を許さず、アーヴィングに対し200万ポンド(3億2800万円)の訴訟費用の支払いを命じた。この裁判では、アウシュビッツの焼却炉が「大量死体焼却炉」として特許を申請した話などが出てくる。

現在、ドイツや西欧では、ホロコースト否定論など悪質な歴史修正主義は法で規制されている。ドイツの刑法130条〈民衆扇動罪(5年以下の禁固刑又は罰金刑)〉は有名で、94年改正の3項(ナチスの行為是認、否定・歪小化行為)では、19年に114件が有罪に、1項(民族的・人種的憎悪を煽る行為)では有罪が578件に上る。
武井さんは、大学生のレポートが7対3の割合でネット上の歴史修正主義の情報を利用し、自らが歴史修正主義者の代弁者になっていることに気づいていないと指摘する。これまで、歴史研究者は歴史修正主義を「素人の愚論」として無視するか、逐条的に「論破」し、論破すればするほど歴史修正主義が活力と新たな支持者を獲得し、実際の議論は歴史から遠ざかったという。
トランプの登場で、嘘の入り混じった言説が「オルタナティブ・ファクト(もう一つの事実)」となり、世界中で「私にとっての真実」が解禁された。「真偽の確かでないものが社会の真ん中に堂々と鎮座し始め、私たちの認識を不安定にさせた」と。歴史家が歴史修正主義と直接対峙してこなかった責任を問うとともに、社会の側の問題、私たちの知的怠慢や、社会と民主主義の問題を問い直さねばならないと警鐘を鳴らす。ショックを受けた。    (石田)