
琉球大学教授の上間陽子さんと社会学者の打越正行さんの耕論『沖縄 女性たちの現実』が8月24日付の朝日新聞に掲載された。そこでは沖縄の女性たちに対する男の暴力が、本土では見られないほど凄惨であることが触れられている。その根本にあるのは、米軍基地と貧困を押し付けている日本政府にあることが論じられた。
米軍支配が続いた戦後の沖縄では製造業が発展せず、ブルーカラーの労働者は建設業に就くしかなかった。製造業での工場労働と違い、建設現場で仕事をもらうためには人間関係にすがるしかない。建設会社の多くはこの上下関係を利用して、残業代の未払いや急な仕事のキャンセルなど、弱い立場の者に矛盾を押しつけ、沖縄の不安定な社会経済構造の矛盾を乗り切ってきた。そこで追いつめられた男たち(労働者たち)が女たちを殴るのだ。男たちも殴られながら大人になってきたので、殴ることに慣れている。自分たち(男たち)がやられてきたことを女たちにやるのだ。そんな男たちに搾取され、暴力の対象となってきた女たち。そこにアンダークラスに置かれた人びとの現実がある。
沖縄の1人当たり県民所得は全国で最下位だ。働く女性のための学童保育や補助金などの子育て環境も整っていない。沖縄が子だくさんなのは、米軍の占領統治時代にバースコントロールができなかった影響だと言われている。戦後、本土では家族計画が進められ、女性が避妊法を手にすることができたが、占領下の沖縄ではそれが進まなかった。代わりに広がった「ヤミ中絶」は事故が多く、そのため沖縄では今でも中絶に対して忌避感がある。公的支援が乏しい中で出産を余儀なくされる沖縄の女性たちは、「自助努力」と「支え合い」に頼らざるを得ない。しかし、こういった共同体からこぼれ落ちた少女たちが、暴力や性虐待の被害者になりがちだ。
「産み育て」の領域がぜい弱だった沖縄は、復帰後も本土では整備された社会保障が抜け落ちたまま現在にいたっている。沖縄の若者たちが生きている「貧困と暴力の連鎖」という現実には、長期にわたる米軍支配や基地経済などの構造的要因がある。その構造を生み出しているものこそ、今なお戦争と軍備増強の最前線として沖縄を位置づけ、そこに生きる人びとの生活を顧みようともしない日本国家の存在である。そして、それを許している本土民衆の無関心がある。基地撤去はもちろんのことだが、沖縄民衆がおかれている国の差別政策の結果としての生活の過酷さ、その生々しい現実に肉薄することが求められていると思う。 (当間弓子)