
台風接近の中、那覇へ
9月3日 台風11号接近のなか、3人は那覇に着陸できなければ引き返すという条件で出発。幸い到着できた。横殴りの雨と強風、まず県議補選の上原快佐さんの事務所に。自公、参政党、NPO代表の候補の4人が争う。翁長雄治県議が、那覇市長選立候補のために辞職したことに伴う補選だ。
玉城県政での県議会の構成は、与党23、野党・中立23で拮抗している。知事選必勝とともに重要な選挙である。
名護市議選告示
9月4日 デニー知事の支援行動。ヘリ基地反対協・うまんちゅの会の宣伝カーで名護市内で街宣予定だったが、台風接近のなかで断念した。(注)「うまんちゅ」は、「すべての人びと。みんなで。民衆」という意。
この日、名護市議選も告示。辺野古建設に反対する大城ヨシタミ候補の出発式に行く。大城さんは82歳、12回目の挑戦。支援者は、「熱心に生活相談に応じる」「名護市会の辺野古反対派議員のまとめ役」と言っていた。舞踏家の牧瀬茜さんがパフォーマンスを披露。
大城さんは、市議会では高額療養費の限度額制度を新設、旧消防庁舎跡地等の「売却問題」で名護市当局を追及する。名護市が売却先を公募、A社5億5千万円、B社4億2千万円、C社2億円。名護市の評価委員8人はB社に決めた。市民の財産を1億3千円も安く売ったのは納得できないと追及している。
名護市議会の構成は与党会派12人、中立2人を含む野党会派12人、欠員2人と拮抗していた。33人が立候補、26議席を争い、結果は今後の市政、辺野古を左右する。
その後、名護市の「必勝デニー名護市民の会」の事務所へ。辺野古神戸行動からの色紙と辺野古ブルーHYOGOの「必勝せんべい」を渡した。ここでも、デニー知事勝利への思いを強くした。
沖縄の民主主義守る
9月5日 朝9時から3時まで、名護市議候補大城さん支援行動。雨天だったがチラシ配布などを頑張った。
4時から玉城知事候補応援のため街頭行動。台風11号により宮古、石垣、先島諸島に大きな被害が出た。デニー候補本人が名護市民に直接訴える予定だったが、知事として急遽現場を訪れたため、高良鉄美参院議員、屋良朝博前衆院議員が応援に入った。
「デニー知事は、県民の命と暮らしを守るために全力で取り組んでいます。台風被害のため先島諸島に行った。コロナ対策、1日に2万7千回のPCR検査を実現している。全国でもトップクラス。救急車の遅延もほとんどない。平和を守るため、辺野古新基地に反対。民意、沖縄の民主主義を守る選挙。沖縄の、子どもたちの未来のために今の状況、政治を変えていかなければ。平和な豊かな沖縄をめざし、ウチナーの未来はウチナーが決めよう」と訴えた。
玉城知事に熱い支持
私たちは、名護高校正門近く、名護十字路の交差点、東江4丁目交差点でのぼり旗を立て、手を振った。どこも、熱心な支援者が駆けつけ、多くの通行人やドライバー、高校生たちも手を振ってくれた。
9月6日 朝7時すぎからデニーさん応援、東江交差点でのぼり旗を掲げる。多くの人が応えてくれ、反応はよかった。
辺野古集落に戻り、大城ヨシタミ候補のチラシ配布など。名護市議選、地元候補のコハグラさん、県知事選のサキマ候補も宣伝カーを走らせていた。
3時から再びデニー候補の街頭行動。ヘリ基地反対協・うまんちゅの会の宣伝カーで名護市内を回った。
5時から名護十字路、辺野古ブルーを中心にした海上行動のメンバーで行動した。20人を超える仲間がデニー候補応援。横断幕、のぼり旗、手振り。辺野古新基地反対、民意、民主主義にもとづきデニー候補の勝利、国葬反対、統一教会の問題をアピールした。私たちも兵庫の運動を報告し、沖縄のみなさんの思いを受け止めて、地元の人たちとともに、「デニー候補の当選を」、と呼びかけた。午後8時まで宣伝カーを回した。
9月7日 午前に那覇発で帰る。「それまで、できることをやろう」。朝7時過ぎから、テント村は台風接近対策をしていた。海上抗議行動に向け準備を手伝った。抗議船、ゴムボートの準備、テント張りなど1時間ほどしかできなかったが、思いを残しながら現地を後にした。 (高崎)