
ゲート前は3000日
9月22日、辺野古ゲート前座り込み3000日の節目であった。ゲート前は、3列の座り込みができた。
しかし、辺野古を含む沖縄の状況は芳しくない。
9月16日、国は宮古・八重山など先島にシェルター設置を検討していると報道があった。予算要求では、防衛費がGDP1%以内という従来の方針を突破し、6兆円を目指している。シェルターに係わる費用も計上されているのだろうか。ミサイル配備をはじめ「南西諸島の防衛」という名目に違いない。
昨年末(21年12月1日)、台湾で開かれたシンポジウムに日本からオンライン参加した安倍元総理は、「台湾有事は日本の有事」であると発言した。安保法制など戦争ができる国造りをしてきた元総理の発言は、シェルターの現実味を帯びさせた。
沖縄に痛み「業績は大」
その安倍元総理の業績が大なるものがあったと、戦後2例目になる国葬が行われた。安倍元総理は辺野古埋め立てを強引に進めた人物としても記憶される。戦後の国葬一例目が吉田茂である。サンフランシスコ講和条約を成し遂げたというが、講和条約は沖縄を米軍統治にまかせた。吉田茂、安倍晋三の2人は沖縄の視点から見ると、沖縄に痛みを与えることを業績として国葬にされた。
国葬の2日後、日中国交50周年という節目であった。新聞の扱いはどうだったろうか。政府首脳どおし握手もなく、トップニュースにもならない。緊張を煽ることばかりやれば、こうなるという見本である。50周年の節目は、「台湾有事」にも「日本有事」にもしない外交チャンスでもあった。そうならないため、たとえ相手が気に入らなくても話し合いができるようにしなければ、物事は始まらない。
シェルターの意味
戦争がいかに悲惨か。戦争は人間を人間でなくする。いったん始まると止めるのは難しい。戦争の勝利者はいないと、数々の教訓を得ている私たちなのに。「日本有事」という言葉に、緊張感を失ってはいないだろうか。「日本有事」とは日本も戦争に参加すること、まず先島や沖縄本島が戦場になることである。国がシェルターを検討しているとは何だろうか。辺野古新基地建設を強引に進めていることと関連していると考えなければ。
10月1日は第1土曜日、県民行動日であった。コロナで中止が続いていたなか、久しぶりの辺野古ゲート前集会だった。玉城県政2期目に入った翌日、知事も参加した。締めくくりの言葉は、「勝つ方法は、あきらめない事」であった。(富樫 守)