アルペロヴィッツ『何をなすべきか』

左翼が「新しい運動」を論じる時、スペインのポデモス、韓国の「市民連帯」はそれなりに著名だが、スペインや中南米の「地域経済」と同質の運動が、アメリカですでにGDPの10%を超える規模で進んでいる事実を知る人は少ないかも知れない。アルペロヴィッツは、『何をなすべきか』というオールド・ボリシェビキの琴線をくすぐる題名の著作で、自然発生的に進行するアメリカの新しい事象を対象化して、地域活動家が意識的にこれを推進できるよう理論化を試みている。

アルペロヴィッツは1936年生まれの政治学者。ヒロシマ・ナガサキへの原爆投下を非難した米国で数少ない知識人の一人で、ベトナム反戦運動の立ち上げにも積極的に関わっている。彼の一連の著作は邦訳されていないが、米国ではチョムスキーがさまざまな場所でアルペロヴィッツの運動と理論を紹介し、全力で取り組むよう活動家に訴えている。私がこれを知ったのも、チョムスキー『アメリカを占拠せよ!』に収録された講演と質疑応答を通じてである。レーニンを意識して現代の「何なす」を提起するその内容は衝撃的であり、新型コロナウイルスを契機とした未曾有の世界危機に直面するわれわれにとって重要な示唆を含んでいると感じる。以下、彼の主著『資本主義を超えるアメリカ』『何をなすべきか』からその内容を要約する。
 

労働者所有企業
 
ソ連型の国家社会主義は崩壊したが、かといって資本主義体制下の米国も人口のわずか1%が下位50%人口の保有する同等規模の資産を有し、かつてのローマ帝国に似た寡頭制支配と化している。「自由」「平等」「民主主義」という建国理念はもはや形骸化し、米国の存在意義が問われている。
戦後福祉国家システムは、外的規制によって大企業を統制しようと試みたが、肝心の国家権力が企業にコントロールされていたうえに、大企業の対抗勢力だった組織労働者が減少の一途をたどったために機能しなくなった(35%→6%)。伝統的なリベラルないし社民政治の権力基盤が崩壊している。収入の再分配という戦後システムは不平等の拡大を止めることができず、グローバル企業の台頭と工場移転はこうした傾向を加速した。
しかし、左右のイデオロギーの霧をとりはらって現実をよく見ると、過去40年にわたって「多元的共有財産」(Pluralist Commonwealth)とでも言うべき、未来の社会システムの萌芽が着実に根付いていることがわかる。地域社会が生き延びるために、所得の事後的再配分ではなく、「資本」あるいは「財産所有権」そのものを「民主化」するという試行錯誤が、さまざまな水路を通じ、保革の枠を超えて実践されているのである。
発端は40年前にさかのぼる。70年代に世界的大不況が猛威をふるい、戦前からの古い設備を有する米国の鉄鋼業は整理を余儀なくされたが、ヤングスタウンでも77年にUSスチールが工場閉鎖を決定、五千人が職を失った。「いっそ労働者に工場をやらせてくれ」という一人の労働者の発案を地方自治体、地域コミュニティが支援し、カーター政権から設備更新の補助金を得るところまでいった。結果的にヤングスタウンの試みは失敗したが、グローバル企業が各地で撤退し、ローカルコミュニティが廃墟化するなかで、ヤングスタウンのアイデアに触発された試みがその後全国で実践されるようになった。
今や全国で1万1千社、従業員1030万人、GDPの約一割をESOP(従業員自社株保有制度)という形式をとった労働者所有企業が占めている。巨額の役員報酬を支払う必要がなく、配当も従業員に配分されるため、給与は同業他社より平均一割以上高い。
例えばゴアテックス衣料品を供給する「W・L・ゴア」社は45支店6千人の従業員が株式を保有する。プロジェクト毎にリーダーを決め、社長はいない。収益が年13億ドル、『フォーチューン』誌の「働きやすい企業」に毎年ランキングされる。ケンタッキーの「フェッター印刷」は200人あまりの従業員が100%株式を保有し、収益1750万ドル、国内の印刷会社上位25社に入っている。
全米企業の3割を労働者所有に転換する目標を掲げ、ESOPを税制面で優遇しようと運動するメンバーのなかにはダナ・ロールバッハーのような共和党の保守派もいる。この運動が保革を問わない理由の一つは自治体運営の困難さにある。利益を海外にもちだし、何かあれば海外へ逃避するグローバル企業と違って、労働者所有企業は収益を地元に還元するし、安い賃金を求めて海外に生産とサービスを移転しない。崩壊の危機にある地域コミュニティを守るため、労働者所有企業の存在が不可欠なのだ。
連合鉄鋼労働組合などの既存労組は、ヤングスタウンの取り組みが労組と競合することをおそれ、労働者所有企業の取組に当初は反対したが、この運動が低下する組合の組織力を補うことに気づき、食品・小売業組合とともに、スペインのポデモスとも連携しながら、今では労働者所有企業を積極的に推進している。
 
自治体開発企業
 
労働者所有企業と並ぶ試みが自治体の「都市開発企業」。非営利で自治体が運営するこれら企業は、もともとは低所得者向けの低家賃住宅提供を目的に出発したものが多いが、最近はショッピングモールの運営や高齢者医療施設、発電や通信といった分野にまで幅を広げている。公営企業は地域に雇用をもたらすとともに、すべての収益を自治体の福祉予算に還流する。電力民営化に起因するカリフォルニア大停電(00年)やエンロンショック(巨大エネルギー会社エンロンが不正経理の末に破産。01年)などを経て、「民営化が効率的とは限らない」という認識が米国内で共有され、公営企業回帰への流れが強まっている。すでに発電総量の25%が公営電力会社によるもので、電気料金は民営電力より14%安い。アッシュランドやオレゴンでは、自治体予算の3割が公営電力の収入で賄われている。
金融資産そのものを「民主化」する取り組みもある。ノースダコタ銀行は地域の活動家や中小企業を幅広く金融的に支援しながら、14年間で3・4億ドルの利益を州に還元した。ノースダコタ・モデルは全米各州で摸倣され、財務省の支援も得てワシントン、オレゴン、カリフォルニア、ハワイなど各地で州立銀行がつくられつつある。
カルパース(カリフォルニア州公務員年金基金、17年段階の運用資産3500億ドル=約39兆円)は、その資金運用の基準として「透明性、民主主義、労働者の権利」をあげ、税金を払わないグローバル企業にではなく、地域コミュニティに貢献する社会的企業に積極的に融資することを運用方針としている。
企業も個人もこれ以上の課税負担に耐えられないため、各州、政府の財政危機が進めば進むほど、自ら福祉予算を稼ぎ出す自治体開発企業の役割はますます大きくなるだろう。   (つづく)
(『フラタニティ』№19、2020年8月号初出)
【参考文献】
Gar Alperovitz, AMERICA beyond CAPITALISM, 2005, 2011, John Wiley & Sons. WHAT THEN MUST WE DO? -STRAIGHT TALK ABOUT THE NEXT AMERICAN REVOLUTION, 2013, Chelsea Green Publishing.