長年農協職員として農業振興に携わってきた中村武彦さん(仮名)に、私有財産制度が農業の桎梏と化している現実について話を聞いた。中村さんによれば農業の協同化が一つの鍵をなしているという。現場の声を報告する。(聞き手/本紙編集委員会)

高齢化と後継難

掛川徹さんの「書評『資本主義を超えるアメリカ』」(本紙第352号、353号に掲載)はおもしろかった。実は自分も似たようなことをやっている。
日本農業の現状は深刻だ。60歳で会社を定年退職してから農家を継ぐケースが大半で、高齢化が著しい。基幹的農業従事者、いわゆる専業農家の86%が65歳以上で、後継者もいない。2015年に175万人いた基幹的農業従事者が22年には122万人に激減した。
後継者難は深刻で、法人形式で第三者に農業を継承する取り組みを全国の自治体はどこでも必死にやっている。家族という偶然的要素に農業の継承を任せるのは無理がある。私は農業を協同化すべきだと訴えてきた。
農地の売買には歴史的経緯があって、厳しい制限がある。農家の子どもが家業を継ぐのでなければ、新規就農はハードルが高い。現状では実績のない素人に農地を売ることはできない。

農業法人

そこで農業法人をつくって事業継承する手法がよく使われる。農地を買える法人を「農地保有適格法人」と呼ぶが、これは誰でもつくれるわけではない。現役の農家が中心でなければ行政は許可しない。農業委員会の選挙人名簿に記載されている人が会社運営の中軸に座る必要がある。こうしてつくった法人に新規就農者を雇用する。ゆくゆくはこの社員たちが法人の株を入手するなどして経営を継承することによって、法人を介して農地と農業を引き継いでいくことができる。
農地を借りるだけなら規制は緩く、法人はどのような形式でもよい。しかし、少なくとも農家が法人の中心に座る必要はある。
最近、労働者協同組合法という新しい法人組織の枠組もできた。労働者協同組合(注1)が農地を借りて農業経営をするというのも一つの方法だ。

欧米の農業補助

高齢化と後継難の根本は圧倒的に農産物が安いことがある。経営が成り立たない。
アメリカの小麦、大豆、とうもろこしが安いのは、多額の補助金を農家に与えてコスト以下の値段で売ってるからだ。おかげで世界中の小規模農家が廃業に追い込まれた。EUでは国家予算の大半が農業補助金だ。自由貿易の建前から言うと、こういうやり方はご法度のはずだが。
アメリカのような大規模農業は、狭い日本では無理だ。また化学肥料に依拠した工業的農業が持続できないことも明らかだ。窒素肥料の原料は天然ガスだ。リン鉱石も枯渇しつつある。

循環型農業

有機・無農薬の循環型農業に転換すべきという議論は、50年前から行われているが、有機農業のシェアは広がっていない。有機食品を購入する消費者は1・68%(17年)にすぎず、有機栽培の耕地面積はわずか0・3%(20年)だ。ここにもコストの壁がある。
もちろんうまくいってる例もある。リピーターがついている農家は強い。秋にコメを収穫したら常連客が全部買うという知り合いのコメ農家もいるが、そのような固定客を一定規模で獲得するのは並大抵のことではない。

協同化の利点

コスト面でも協同組合による農業経営は理にかなっている。地域に1台トラクターがあれば十分なのだが、農家が各戸で高額の農機具をローンで購入している。兼業農家の多くは会社の給料を農機具ローンにあてることで、赤字の農業経営を維持している。共同経営であれば、1台のトラクターを地域で共有すればすむわけだから、何らかの形で農業経営を協同化することが必要だ。

食管制度の復活

小農家族経営がトレンドだという見方もあるが、小農コミュニティ経営と言った方がいいと思う。何らかの公共的単位で農業を経営すべきだ。
とはいえ共同経営が万能薬でもない。昔は農業やれば誰でも食えた。食管制度(注2)の下でつくったコメはぜんぶ国が買い上げてくれたが、今はコストに見合う値段で売れない。EUにせよアメリカにせよ、形を変えた食管制度みたいなのでやっているのだから、「日本でも食管制度を復活させるべきだ」という議論もある。究極的にはそういう形でしか解決しないとも思う。

食糧システムの限界

カネさえ出せば外国からいくらでも食糧を買える時代ではない。それはウクライナ危機ではっきりした。小麦製品が相次いで値上げしているが、円安の影響で日本は穀物や肉で中国に買い負けしているのだ。もはや資本主義的な食糧システムは限界に来ている。食品価格が高騰すればシステムチェンジが進むかもしれないが、そううまくいくかどうかは不明だ。 (了)

(注1)【労働者協同組合】労働者協同組合法(14年10月施行)に基づいて設立された法人。組合員が出資し、それぞれの意見を反映して組合の事業が行われ、組合員自らが事業に従事することを基本原理とする組織。
(注2)【食糧管理制度】食糧管理法(食管法、42年~94年)に基づく、主要食糧の国による管理・統制の制度。食管制度は略称。