昨年のロシアによるウクライナ侵攻によって世界は再び大破局への扉を開いてしまったようだ。21世紀はその劈頭から暗い未来を予感させた。01年9月11日、マンハッタンのツインタワー・ビルがハイジャックされた2機の旅客機によって崩れ落ちたとき、その混乱が覚めやらぬ10月7日、ジョージ・W・ブッシュがアフガニスタンに対する全面戦争を開始したとき、人びとは「世界は一つになる」というグローバリゼーションが掲げた理念は、はかない夢に過ぎないと直観した。
あれから20年、その直観が正しかったことが事実をもって突きつけられている。「国連改革の必要性」が言われるが、戦後、国連が安全保障面で有効な役割を果たした例はほぼ皆無である。破産したのは国連ではない。危機の元凶は、国連を機能不全に陥らせてきたNATO(北大西洋条約機構)などの軍事同盟であり、「武器による平和(=抑止力論)」への無条件的な信仰である。
「専守防衛」論もまた「武器による平和(=抑止力論)」である。自衛隊発足時、革新勢力は政府が打ち出した専守防衛論が、歯止めなき軍拡につながると警鐘を鳴らした。あれから70年足らず、政府は「敵基地攻撃能力の保有」を閣議決定するところまできた。日米安保同盟はまぎれもない軍事同盟となった。日本もまた破局への扉を開いてしまったのだ。いま必要なことは「専守防衛の堅治」を政府に求めることではない。「武器なき平和への道」の現実性を示し、非武装中立の思想を復権させることである。(汐崎恭介)