講演する熊沢誠さん=15日、京都市内

 憲法28条の労働三権(団結権・団体交渉権・団体行動権)を否定する関西地区生コン支部(以下、関生支部)に対する大弾圧が始まって丸5年。日本の労働運動の現状とその課題について、甲南大学名誉教授の熊沢誠さんが講演した(15日、京都市内/以下、講演要旨)

まともな組合が一掃される
関生支部は国際基準に照らせば、ごく普通でまともな産業別労働組合だ。しかし日本の権力にとって「普通の組合」とは、組合員が正社員に限定にされ、ストライキなどは考えもしない企業別組合をさす。労働組合運動が不毛の国では、関生支部のような「まとも」な組合が、「異常」とされ、「一掃されるべき反社会的勢力」になってしまうのだ。日本は、「多数の『普通』が、少数の『まとも』を包囲する」という異常な事態になっている。それが原因で、日本は驚くべき低賃金国になってしまった。それなのに労働運動は完全なスト離れになり、労働組合はその守備範囲を「正社員の既得権」に徹底して限定している。その結果、「正社員の働きすぎによる心身の消耗」と「非正規労働者の生計費不足による困窮」とが相互に補完する関係になっている。人権感覚の鈍磨 静かなファシズム労働運動をとりまく民衆の意識はどうか。そこには強力な「同調圧力」の下で、「体制に従うのが無難」という事なかれ主義に追随する荒涼たる光景がひろがっている。「個人の受難」を傍観できず、事なかれ主義への追随を拒めば、「そっち系」の人とみなされるため、無視や排除、いじめの対象への恐れが蔓延している。人権感覚の鈍磨だ。その帰結が、静かなファシズムへの接近である。 

「個人の受難」を凝視する
どうすればこの現状を突破できるのか。まず、「個人の受難」に連帯的に取り組むことだ。体制の矛盾は必ず「個人の受難」として現れる。その凝視は体制の構造への接近を可能にする。非正規労働者の生活実態をどこまでも凝視することだ。そして、思想としての産業民主主義を復権させることである。すなわち労働条件の改善を政治に委ねてしまうのではなく、労使で決めることだ。

直接行動の模索が不可欠
野党や労働運動の議会主義的偏向を批判しなければならない。平和・女性解放・マイノリティー運動についても、「ラディカルな運動」を排し、例えば「野党共闘」への投票に収斂(しゅうれん)させるのは問題だ。いま少し思い切った直接行動の模索が必要だ。デモ、シットダウン、街頭占拠、反社会的企業の製品ボイコットなどだ。民衆の潜在的な鬱屈(うっくつ)を探ることが重要だ。
穏健な運動だから民衆の支持を得るとは限らない。ラディカルを忌避しすぎると選挙での得票を失いかねない。いずれにせよ、状況の突破のためには議会や行政に頼りすぎないことだ。