『貧困さんいらっしゃい 増補版』(作・まつだたえこ/編集・人民新聞社/発行・神戸学生青年センター/2023年刊)

イラク反戦、仏教

8年にわたって松田さんにイラク反戦(3月行動)のチラシ絵を描いていただきました。その絵を見て行動に参加してくれた人も多いと思います。ただ会議で会う彼女には、いつも「迷い」のようなものを感じていました。「その絵に描かれた米兵が美しすぎると二度も描き直しを余儀なくされました。皆が『さあ共通の敵への怒りを燃え上がらせて共闘しましょう』と訴えるような絵を要求しているのはわかっていました。でも私には怒りよりも悲しみの方が近しい感情だったのです」
「いつもどこかに『悪者』を作り、それを攻撃する事が社会正義だという、この違和感が私を急速に仏教に近づけて行きました」。そして松田さんは、浄土真宗が「弱者のための教え」であり、世間で塵芥(かいじん)の如く扱われる人も、蛇蝎(だかつ)の如く嫌われる人も排除しないあり方、障がい者解放運動も部落解放運動も親鸞聖人の思想が根づいていると気づき、自らの拠り所にしていきました。
このエッセイも光円寺報への投稿によるもので、ここにこそ松田さんの心の底からの本音が表現されています。それを松田さんが私たち左翼活動家に見せてくれなかった理由が、今は痛切にわかります。私は何ごとも「科学的」「唯物論」まがいのもので判断して断罪するあり方を50年間疑わずにやってきました。それは私の了見の狭さや偏狭な精神、違いや多様性を尊重しないあり方になっていたかもしれません。
私が敬愛するペシャワール会の故中村哲さんは敬虔なキリスト教徒ですが、アフガニスタン民衆のいのちを守るために生涯を尽くしそして無念にも殉職されました。驚くべきは、中村さんほど、アフガニスタンの人びとのイスラムの信仰と立場を尊重した人はいないということです。中村さんにとってはそれがイエスの教えだったのでしょうか。地球温暖化による旱魃で乾上がった土地に、井戸を掘り、堰や用水路を建設し、農地を再生し、60万人の食と職を確保して命をつないだ偉大な事業はそれでこそ成功しました。

松田さん、ありがとう

ウクライナ戦争に対して松田さんならウクライナ兵だけでなく、侵略に強制動員されたロシア兵の無念と、不条理に殺し殺される絶望に、心を寄せることができたと思えるのです。このように言ってしまうと、人民新聞や関西合同労働組合の機関紙「拓」の4コマ漫画の松田さんと齟齬を感じる人も多いかもしれません。
しかしそうではないのです。松田さんは「命を削って描いています」と幾度も言ってくれています。「最近あまりに体調がわるいので、私に残された時間はもういくらもない。渾身の力を込めた作品を残したいのに …… 私が残したものはやせ衰えた老いた体か、それだけか」とままならない病状を嘆きながら、血を吐くように描き続けてくれました。
「私の使命はきっと社会の片隅で踏みにじられている人びとの心に寄り添い、それを表現し伝えることだ。もし私に幾ばくかの才能があるとすれば、このことにこそ、天から与えられたのだ」。
松田妙子さん、あなたの姿を見て多くのことを学びました。
本当にありがとう!(おわり)