厚生労働省の「新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード」が6月16日に開かれた。新型コロナの「5類移行」後、初めての会合だった。4月から続く新規感染者数の増加傾向は、「今後も継続し、夏の間に一定の感染拡大が生じる可能性がある」との見通しを公表した。

会合では「5類移行直後に比べると全国の感染者は約2倍」「感染者とともに入院者、重傷者も増加傾向」「第9波の入り口」など、事態の深刻さを指摘する声も上がったが、座長の脇田隆字・国立感染研究所所長は「感染拡大の規模を予想するのは難しい」として「第9波」についての評価は示さなかった。
さらに脇田座長は「医療体制は全国的に逼迫していないが、沖縄では注意が必要」と、ことさらに楽観論を示している。朝日新聞(4月28日)によると、厚生労働省は今年冬に予想される新型コロナウイルスの「大きな感染の波」に対応するために、現状の外来4万2千カ所、入院5千カ所から、外来6万4千カ所、入院8千2百カ所に増やす方針を示し、都道府県に働きかけている。朝日新聞の各知事へのアンケート調査では、「達成できる見込み」との回答は5割超、「わからない」が4割前後に上った(小池都知事は無回答)。
冬までの目標達成でこの状況なのだから、夏から秋に「第9波」が来た場合はたいへん厳しい事態が予想される。私が勤務する介護現場も、もちろんその渦中に巻き込まれる。だが、厚生労働省が「楽観論」をたれ流しているため、職場でも事前の準備が進みにくい現状がある。
こうしてみると5月8日の「5類移行」が、医療的準備が整わない見切り発車であったのは間違いない。考えられる政治的理由の一つは5月19日から21日に行われた広島G7サミットだ。もう一つは4月統一地方選挙で「コロナ問題を政治焦点にさせない」という選挙対策だ。「政治的保身」優先の岸田政権と厚労省から、医療と介護を取り戻すことが切実に求められている。

国家のための感染症法

この問題の根本には「感染症法」がある。感染症学の上昌広博士は、次のように指摘している。(『東洋経済オンライン』23年1月21日)
「感染症法の雛形は、明治時代に確立された。基本的な枠組みは、国家の防疫のために感染者・家族・周囲の人を強制隔離することだ。殺人犯でも、現行犯以外は警察が逮捕するには裁判所の許可が必要だ。ところが感染症法では、実質的に保健所長の判断で感染者を強制隔離できる。基本的人権などどうでもいい。戦前、感染症対策は内務省衛生警察が担当していた。当時の雰囲気がご理解いただけるだろう。戦後、感染症法は廃止し、基本的人権を保障した形で新しく立法すべきだった。ところが、感染症法の雛形は、そのまま生き残った。この結果、現行の感染症法は、エボラ出血熱や鳥インフルエンザのような強毒な病原体が侵入した非常事態に対応すべく、厚労省などの関係者に強い権限を与えている。いわば戒厳令のような存在だ」
国家を最優先する現行の感染症法体制では住民の命や権利は守れない。必要なのは地域の住民と医療従事者が主体となった医療・介護ネットワークの強化である。(小柳太郎/介護ヘルパー)