ビッグモーター事件が損保ジャパンも巻き込んだ大事件になり、ニュースを賑わしています。じつは、介護業界にもビッグモーターのような企業が存在します。
実名を出すと差しさわりがあり、ここでは「N社」とします。N社は、創業家の内紛から、アメリカのハゲタカ・ファンドである「Bキャピタル」に介入され、現在は株式非公開の状況で急激な「経営改革」を行っています。
もともとN社は月に一度、各拠点の管理者(ヘルパー)を支店会議室に集め、「社是」を唱和させるような古い企業体質でした。Bキャピタルの介入により、その傾向は改まるどころかむしろ「営利追求」の姿勢がより強く出るようになりました。それは、本来の介護保険事業の存続を危うくするほどのものです。

目標は4500円/時

それがもっとも強く表れたのが、N社の社内数値基準で示されている「訪問介護事業 目標=時間単価4500円」です。聞くところ、訪問介護会議で「この目標を達成するための行動計画」をみんなの前で発表させられ、達成できなかったら翌月公開バッシングということです。
介護保険では、身体介護と家事援助で時間あたりの単価が異なります。今、私が働いている事業所では、おおよそ時間単価は平均3600円です。つまり「時間単価4500円」とは、直接には「単価の低い仕事は断る。それをN社の全社方針とする」ということです。N社は「身体介護に企業のリソースを集中する」と言っているようですが、これは現場の実情に即しません。
家事援助がなく身体介護だけというケースは、もともと家族が介護をすべてやっていて高齢化や、腰を痛めてできなくなるなどの場合に起きます。高齢の独居世帯では、まずあり得ません。掃除、洗濯、調理、買い物など生活の基本部分を支えることがなくては、身体介護もなりたちません。

介護業界を食い荒らす

BキャピタルにコントロールされたN社の幹部は、「おいしいとこ取り」で業界を食いあらす決断をしたということです。
高齢夫婦で男性が要介護というケースで考えてみます。この場合、ヘルパーが身体介護、ご家族が家事をやっていても、時間を経ると女性も要支援状態になります。そうなると、ヘルパーに家事支援も依頼することになります。そこからさらに時間が経ち、男性を看取り終わると、要支援の女性が残されます。
するとN社の支店から「この要支援の案件は、いつ終了するのか報告せよ」とチェックが入ります。つまり、「身体介護がないのだから、打ち切れ」ということです。要支援の方のダメージは想像できますし、言わされるヘルパーたちも精神的に持たないと思います。
「時間単価4500円」とは、このようなことを延々と繰り返すことになります。

墓穴掘る「営業戦略」

実際には、今のN社の営業戦略はうまくいってないようです。ケアマネージャーからの「家事支援要請」には、「今、空きがなくて」と断りながら、一方でケアマネ事務所を訪問し「身体の仕事ください」とやりつづけるのですから。
N社の現場の労働者たちががなんとか踏みこたえて、地域での信頼を回復するのか、それとも営利主義にまみれて「ビッグモーター化」するのか。これは介護事業者全体の社会的信頼にかかわる問題です。注目せざるを得ません。(小柳 太郎/介護ヘルパー)