
著作者の喬良は、中国人民解放軍出身の軍事理論家で作家。1999年に『超限戦』を発表し、世界の軍事理論の分野で衝撃を与えた。米国の陸軍士官学校等でもその著作が採用されるなど高い評価を得ている。
この『帝国のカーブ』(原著は2016年刊)は、第二次大戦後の世界の構造を「金融戦」という視点からあらわしたものである。米国の金融政策を論じながら、きわめてストレートに現実を直視し、戦後の歴史を著述している。またいくつかの形容句が、日本人にもなじみがある漢字表現となっており、今後もこうした中国人研究者の日本語翻訳は出版されていくのではないかと想像する。
本書は、第二次大戦後の米国の覇権がどのように形成されていったのかを解き明かしている。大戦後の世界は、ヨーロッパと東アジアを廃墟と化し、世界の生産力の半分を米国が占めていた。その金融秩序をあらわしたのが「世界の基軸通貨を米ドルとし、米ドルと金とをリンクさせる」とするブレトンウッズ体制である。戦後の混乱期の中で、貿易をスムーズに行うための基軸通貨が必要だった。それに耐えられるのは米ドルだけだった。こうして戦後世界は米国のドルを中心にして、金融も貿易も行われるようになっていった。
しかし戦後の復興が進み、米国からの金の流出が激しくなった1971年8月、米大統領ニクソンは、米ドルと金の交換を中止すると発表した(=ニクソンショック)。これにより、米国のドルは金の担保を失った。しかし一方で、米国はドルを刷れば刷るだけ、世界中から資源や商品を購入することができるようになった。基軸通貨ドルを守るために、米国は世界中の国々がドルを必要とする世界に変えていく。
数年後のオイルショックによって、石油価格が跳ね上がった時、米国はサウジアラビアとの協定で、米国がサウジアラビアの安全保障に関わるという条件で、石油取引はすべて米ドルでおこなうことを取り決めた。中東の石油はドルでしか買えなくなり、ドルはさらに世界中にばらまかれた。
基軸通貨が米ドルであることによって、米国は他の国々とは全く違うルールでプレーしている。どの国でも、自国の経済を成り立たせるためには、自然条件の違いや歴史的な制約に応じて、他国から資源や商品を輸入し、自国で生産した商品を輸出しなければならない。ところが米国だけがこうした「条件」や「制約」から自由なのだ。これがどれだけ異常なことなのか。ところが私たちは、戦後78年間、この異常な状態を平常だと思い込まされてきた。これが米国の金融戦の核心である。
米国は、米ドルをばらまき続けることで、その巨大な金融資産を動かし、世界を混乱に陥れている。グローバル化がこの40年間で一挙に進んだのは、米ドルが自由に動き回れる基盤をつくるためだった。なぜ中東の戦争やユーゴの紛争がおこったのかは、こうした観点から分析するとよくわかる。
「金融戦」という、通常の経済活動を戦争行為のように表現し、米国の陰謀があるかのように表現することについては、中国のエリートたちですら受け入れがたいと答えるそうだ。日本の政治家や経済学者であればなおのことであろう。ドルでものを買っているだけ、ドルを貸しているだけじゃないかと。
本書ではバブル崩壊後の日本の20年も語られている。日本を米国の「金融戦」のターゲットにし、混乱をまきおこし、米国が「羊毛を刈り取って」いるのだ。
米国は長らく米ドルを基礎として金融戦を実行し、世界を統括してきた。今、そのほころびが大きく目立つようになった。中国の台頭がその最たるものだろう。しかし米国のやり方は、すでに破綻した。その方法を中国がとればその破綻は確実だ。だから中国は米国のまねをしてはならない。それが本書の結論だ。
インターネット時代の世界は、情報の独占・一極化から多極化へと変化していくだろう。それは米国のような一極的存在とは相容れない。著者は多極化の流れに中国がうまく適応できることを願っているとまとめる。本書は中国知識人の著作の入門書としても読みやすい。是非一読を勧めたい。(秋田 勝)
