
これまでのこのシリーズは、どちらかというと〝介護の仕事の大変さ〟の話でした。これから何回かは、比較的〝成果があった〟エピソードについて書きます。
「治す」と「よりそう」
前提として、西洋医学を中心とした今の日本の医療制度と介護の違いを押さえておきましょう。日本では法律上、「医療が上、介護が下」とされています。保険制度で、はっきりとその上下関係が決められているのです。ときにそれは、一部の医療従事者から介護ヘルパーへの心ない言動となって結果する場合もあります。
しかし、「病気やケガを治すこと」を中心にした西洋医学は、認知症などの「治らない病気」にたいしては限界があります。そういうときには、医療の弱点を介護の力がカバーすることになるのです。
起きて服薬ができない
ある80歳の男性のケースを紹介します。その方は、お連れ合いの70代の女性と団地で暮らしていました。ところが夫婦ともに認知症を発症してしまいます。
女性の方は、服薬も含めて自分のことは何とか自分でできますが、お連れ合いの世話までは体力的にも手が回りません。介護サービスが入るまでは、隣県で結婚されている娘さんが家族を残して数カ月間、世話をしていました。しかし、介護が長期化する中で限界状態になってしまいました。
一番の問題は、認知症の症状で、睡眠時間が不規則になり、決められた時間に服薬や点眼ができないことでした。娘さんが数カ月いろいろ試しても、うまくいかなかったようです。
そこに私たちのチームが介護に入ることに。最初は、やはりなかなか起きてもらえません。ベッドに起き上がり、やっと座ったと思うと、また寝てしまうという状況で苦戦が続きました。ある日、スタッフが、男性がベッドから起き上がったときに必ず腕や背中をかきむしることに気づきました。娘さんにうかがうと、「父は昔からかゆいみたいです。お医者さんにも相談にしましたが、治らなかったようです」と…。
熱いタオルで解決
試しにベッドから起こすときに熱いタオルを用意し、「タオルはいかがですか? 気持ちいいですよ」と渡してみました。するとご自分で顔、手、胸など「あー、気持ちがいい」とうれしそうに拭かれます。すっかり機嫌が良くなったところで服薬を促すと、きちんと飲んでもらえるようになりました。
医療では「良薬、口に苦(にが)し」のパターンが多いのですが、介護では「気持ちよさが習慣をつくる」が大切です。「薬が飲めない」と「かゆくて仕方がない」という二つの「困った」を合わせて解決策を組み上げる、こういうケースに遭遇するたびに、ヘルパーが「医療のオマケ」ではない、独立した仕事であることを感じます。(小柳太郎/介護ヘルパー)
