映画の背景となっているのは、1949年から87年まで、台湾で38年間続いた戒厳令時代である。主人公のコーは、ある読書会に参加しているところを官憲に踏み込まれ、逮捕される。獄中での拷問に耐えかねたコーは、仲間のタンが読書会の首謀者だとウソの自白をしてしまう。タンは読書会のメンバーたちの命と引き換えに、自分がリーダーだったと認める。そしてタンは銃殺されてしまう。

植民地支配と戒厳令

無期懲役となったコーは、自分の自白によってタンを死なせてしまったことで、自責の念に苦しめられる。釈放後コーはタンの埋葬場所を見つけるため、かつての仲間たちを訪ね歩く。監督のワン・レンは、コーと仲間たちの会話を通して、日本の植民地時代と蒋介石の国民党独裁時代の経験が台湾の人びとにどのような影響を及ぼしてきたのかを浮かび上がらせていく。
楽団員として糊口を凌いでいる友人(写真下)がサックスで奏でる曲は、日本の軍歌「軍艦マーチ」である。このシーンで、かつて日本兵として招集された経験がある台湾人の複雑な心境が描き出される。彼にとって「軍艦マーチ」は忌避すべきものではない。久しぶりに訪ねてきた友人を励ますための曲なのだ。また自死した妻の幻影を追いかけるコーが、「ヨシエ!」とよびかけるシーンがある。妻の名前は「王淑惠」だった。

台湾人と日本語

ワン監督は、「すみません」という日本語のセリフが出てくるシーンについて次のように語っている。「日本語で『すみません』と言うところですよね。彼らは日本語の教育を受けて、自分は日本人だと言われ、自分も日本人だと思って育って生活をしてきた人たちです。一時期、国民党はそれを認めなかったのですが、いまは少しずつ変わってきています。その当時の人たちにとって、本当に謝りたい時、本心で謝りたい時に出てくる言葉は『すみません』なんです。「I’m sorry」とか中国語の「對不起(ドゥイブチ)」は、それほど気持ちを込められない、という教育を受けた人たちなんですね。だから、一つには彼らは被害者であり加害者であるという点と、彼らが日本統治時代の教育を受けた人だという点を、表現したかったのです」(2017年10月27日、第30回東京国際映画祭で)

自主講座「認識台湾」

10月14日、この映画の上映会が京都大学で行われた。主催は自主講座「認識台湾」である。「台湾有事」が喧伝される中で、「私たち台湾人」という意識がどのような歴史的経緯の中で形成され、それが対外的・対内的にどのような問題に直面しているのかを「知る」機会を設け、東アジアにおける平和な未来を準備する場として、本年7月から開講した。
上映後のアフタートークで、「国民党政府は台湾人に対してどうしてここまで残虐なことができたのか」という疑問に主催者の駒込武・京大教授は次のようにコメントした。「主人公と同世代の台湾人は、日本人として生まれ、育ち、学校では日本語、家庭では台湾語という生活を送ってきた。その人たちが、1945年を境にして、突然『お前たちは中国人だ』と言われたが、心も体もついていけなかった。彼らにとって中国語は疎遠で、むしろ日本語の方に親しみがあった。大陸から来た中国人にすれば、『中国人なのに中国語が話せない台湾人』は異質な存在でした。しかも、日本語を話している。日本軍と戦い、筆舌に尽くしがたい辛酸をなめてきた大陸の中国人は、『日本軍の言葉』を話す台湾人に、日本への憎しみを投影したのでした。その憎しみの感情は、互いに言葉が通じないことによって修復されることがなかった」。それが台湾人を非人格化し、残虐な白色テロルが吹き荒れた背景にあるという。この複雑な経緯を私たちはどう捉えるべきか。深く考えさせられた。(伊澤 誠)

『スーパーシチズン 超級大国民』[DVD]
中国語/監督:ワン・レン/出演:リン・ヤン/2時間/販売元:竹書房/3290円+税