
関生支部弾圧の問題を真正面から掲げ、取り組んでいるみなさんにお話しできことに感謝します。私は長年、立命館大学法学部で労働法を担当してきました。2019年12月労働法学会の有志74名で「弾圧を許さない」という声明を発表しました。そこから関生事件に係わって4年になります。今日は、関生事件とその裁判がどういう法律問題を示しているのかを中心に話していきたい。
最初に、典型的な事件である大阪港サービスステーション事件。大阪の生コンクリート業者の団体と関生支部との間で、「生コンの単価が上がったらミキサー運転手の運賃・賃金を上げる」という協定を結んでいた。しかし、業者の側が協定を守ろうとしなかった。2017年12月、運賃の値上げを要求し関生支部は無期限ストライキを行いました。今、日本ではストライキが年間66件しかないというのが実情です。この事件で問題になっているのは、ストライキの際に事業所に行って出荷を阻止するために生コン運転手に説得、宣伝行動をした。その場所には、警官も来ていました。
この業者は、生コンの協同組合のメンバーでない「アウト業者」です。関生支部は、自らの組合員がいないという所に出かけて行っての行動でした。相手方はあらかじめ、関生支部組合員よりも多い人数を動員し、真正面から関生支部の行動に敵対的な行動しました。これに対する行動が威力業務妨害に当たると起訴され、1審、2審で有罪にされました。
ストライキのピケ行動
これらの行動で何が問題になるか。法律論でいうと、ストライキが行われている時のピケッティングという行為が問題になる。ストライキを行った時に、代わりの労働者がやってきたらストライキは不成功になる。したがって代替の労働力が入ってこないようにピケットラインをつくる。
大阪港SSの場合は、そこでストライキしている組合員がいたわけではないが、アウト業者による生コンが製造・流通することになる。そこで関生支部の組合員が出かけて行き運転手に説得、宣伝行動をした。通常ならば、言論による説得の範囲で特に問題になることではありません。
しかし、裁判では「直接労使関係にたつ団体行動ではないので、その正当性を問うまでもなく違法である」とされた。つまり、「組合員がいないところの業者は関生支部とは労使関係はない。だから違法である」と判断していることが重要です。裁判所が言うように、「直接労使関係にある団体行動でなければ違法」という考え方を認めると、産業別、個人加盟のユニオンは困難になる。
なぜ組合運動が刑事事件に問われるのか。組合のみなさんの活動を外形的にみると、形式的には犯罪に該当することが多々ある。例えばストライキは、「労働契約上、業務の提供をしなければいけない」と義務付けされている。しかし、それを意識的にストップして業務の正常な運営を阻害するのは、業務妨害罪ですか…。
ボクシングは「暴力行為」か
団体交渉は、話をしたくない使用者をテーブルに付けさせ、時には机をドーンと叩いて脅しつけるということもする。それで賃金が上がれば、外形的には「脅迫、恐喝」にはなるわけです。しかし、その行為が刑事責任を問われることになれば、およそ組合活動はできなくなります。
みなさんご承知の憲法28条は、労働基本権の保障、団結権、団体行動権、団体交渉権を保障している。先に紹介した行動をとったからといって刑事責任、民亊責任に問われないはずだと思っていた。ところが、そうではなかった。
なぜそうなるのか、よく例に出される話にボクシングがあります。試合で相手を殴り倒すのだから、暴行しまくっているわけです。しかし、そこに警察が行き「暴行罪で現行犯だ」といって逮捕はしないわけです。なぜかというと、それが正当な業務行為と考えるからです。
しかし、(闘う意欲を失った選手に)レフェリーが間に入って分けようとしているのに継続して暴行(パンチする)を続ければ、法的な保護を受けられなくなります。問題になるのは正当な業務とは何か、法律の規範的要件という評価・判断をしなければなりません。
例えば「20歳以上はお酒を飲んでもよい」というのは、はっきりした要件です。しかし、正当な行為の正当性は数字で表すことはできません。個々の裁判官がおかしいと判断するのかどうかが大きい。この問題を考えると、関生支部の団体行動が刑事責任に問われるのかどうか、確認しておく必要があります。
憲法、労働法は労働三権を保障している
憲法で労働基本権を保障しているが、それに違反していると刑事・民事責任を問うとなると検察側にも大きなハードルがある。このハードルを越えるためには、仕掛けが必要です。検察側は周到な準備をしている。これは単発の事件化ではなくて、あっちの事件こっちの事件を積み上げ何年も経ってから、いっせいに逮捕・起訴するやり方をとっています。
関生支部事件は大阪、京都、滋賀、和歌山、奈良まで及び、バラバラに逮捕したとは
思えない。つまり、高いレベルでの治安上の判断があった。けれど、これを立証することは困難です。
検察は労組を「反社集団」に仕立てようと
二つ目に、関生支部を反社会的集団として描こうとした。「関生支部は怖い組合」という印象をつくることを徹底してやった。竹信美恵子さんが言っているように、映像は切り取り方によって印象がちがう。例えば、両手をあげて苦悶の表情をすれば、そこだけ見れば「ピストルで脅されている」のか「マラソンのゴール前か」判断ができない。最近、岸田首相のAIを使ったフェイク動画が問題になりましたが映像は怖いものです。
これらの操作によって、憲法で保障されていることと関生支部との間に溝をつくるわけです。そして検察は、関生支部組合員へ、家族を使った脱退強要を行います。検察官は、「組(反社会的集団)」から「足を洗わせる(脱退させる)」ことはいいことだと思っている。
三つ目は、今回の弾圧が時代状況を見極めて行われた。1990年代から新自由主義という考え方が広がりました。例えば、今まで禁止されていた「労働者の派遣」が、85年から認められるようになった。新自由主義の基本的な考え方には、規制を緩めて自由競争を促すという本質がある。
連帯、団結が生活を守る
そこで労働組合という存在ある。組合員が持っている一人ひとりの労働力をバラバラに売らない。「組合を通じてからしか、労働力は買えませんよ」という強烈な規制をしている。これは、「取引の自由」に反することになる。新自由主義の中では「自己責任」ということも言われる。「貧しいのは、本人の責任だ」という考え方です。
しかし労働組合はお互いに支えあって、個人の能力によってではなく、みんなが連帯して生活を守っていこうという運動体です。だから、新自由主義の考え方からすると許すことはできない存在、団体となる。
この30年間、大きなストライキも行われていない。そごう西武のストライキが61年ぶりです。ストライキをしないことによって、20年来賃金が上がらない状態が続いている。賃金が上がらなければ経済が循環しない、お金がないから買えないようになっている。だから「政府が音頭をとって賃金を上げろ」と言っている。危機感の表れです。そこまで日本の労働者、組合を叩いて、叩いて賃金を抑制してきた。
闘わない労働組合にするために、長期間にわたって抑圧されてきた。そういうなか、関生支部は出過ぎた存在、許せない組合としてターゲットにされた。関生は、無期限ストもするし、団体交渉、辺野古基地反対の平和運動もする。
さらに、生コンは、建設の要です。2025年に万博もある。関生支部が頑張れば、万博もどうなるか分からない。そういう危機感があり、放置できないという判断があった。関生支部の労働運動は、企業の枠をこえ組合員のいないところにもいく。中小企業の使用者も組織する。そしてゼネコンやセメントメーカーに対し、正々堂々と物を言ってきた。コンプライアンス活動という、企業の違法な状態を摘発する活動もする。放置すれば「点から面に大きな力に」なっていく。それを阻止したいという判断があったのではないか。
企業別組合中心の考え方
関生支部への刑事裁判、どうしてなのか。考えるにあたり、労働法の話になりますが、裁判所の考え方の背景にもなっているもの。憲法28条、労働三権に保障されているが、それぞれの権利がどういう関係に立つのか、日本の労働法学会のなかに、大きな2つの対立があります。
一つは、労働三権の、三つの権利をどれも等しく全部をまとめて団結権、これが一番大事な考え方だという見解。もう一つは、団体交渉が中心であり、争議権とか団結権は団体交渉に貢献する限りで認めるという考え方です。
後者の考え方は、組合員がいない業者の所に関生支部が行って、出荷を妨害するような団体行動は許されない。こういう考え方が、今日の労働法学会の中で有力な位置を占めています。
裁判所、裁判官もこれらの学者の考え方に立ち、判決を書くわけです。それは、関生支部にとっては不利になります。しかし、私が考えるところ、これは日本の企業組合の主流の考えをモデルにつくりあげた議論でしかない。
和歌山事件。暴力団を使う業者の団体役員に対し、関生支部が抗議行動をしたことを強要、業務妨害罪で起訴した。和歌山地裁の判決は、「組合員のいない企業・業者団体は、団体交渉の相手となる使用者でないから、刑事免責を論じる余地もない」とする。憲法の労働基本権は3権あるが、どれが中心か読んだ人にはわからない。団体交渉を中心にするというのも一つの考え方でしかありません。私たちは、団結権を中心にしてストライキもするし、団体交渉もする、そういう団結を保障するものが労働基本権であると理解しています。
三権全体が労働運動の保護
憲法学者知られている芦部信喜さんは、「三つの権利の全体、労働運動を保護するための権利なのだ」と明確に述べ、「団体交渉を中心に置く」などという認識は持っていない。
考え方が違うとどうなるのか、典型的な例が政治的な目的でのストライキです。かつて「安保条約反対、日韓条約反対」などで行われました。そういうストライキは、団体交渉を中心に置く考え方からすると到底認められない。「安保条約反対」と言って、使用者の所に行っても無理な話です。だから団体交渉を中心に置くと、政治ストは論外になる。
団結権を中心にして考えると、団結はどのようにつくられるのか。労働者の生活条件の実現です。例えば派遣法反対とか労基法改悪反対とか、それ自身は政治目的です。しかし、それも認められない、刑事責任を問うとなれば、おかしいではないですか。だから、考え方の対立が具体的になるわけです。
裁判所は具体的背景を見るべき
そうして裁判官も起訴状を検討するだけで、具体的な背景をみようとしていない。私たちが出した労働法学者の声明は、裁判官や検察官に「関生支部の組合活動の現実、実態をよく見てほしい」と訴えている。裁判所には、「もっと現実を見てほしいと、刑事責任を問うという狭い範囲だけで見ないでほしい。これは、刑事裁判として扱うのではなく、労働裁判として扱うべきである」とくり返し主張してきました。
日本の多くの組合は、企業別組合です。産業別組合は、地域で企業・業務に関係なく組織をしている。欧米では、むしろ産業別組合が主流です。なぜ関生支部が組合員のいない所に行って行動するのかを理解できていない。
また、産業別組合は交渉の相手となる使用者、経営者の団体がなければなりません。産業別、企業を越えた組合の場合は、使用者を探さなければならないし、なければつくらねばならない。
関生支部は中小企業の組合をバックアップしてきた。現状は、企業別組合は正規従業員を中心に組織し、非正規の労働者は組合員になれない。今、労働者の4割が非正規労働者であり、労働組合の組織率は14%くらい。ユニオンみなさんのように「一人でも入れる」「駆け込み寺」という存在が必要です。
トヨタ労組のように何万人の組合員がおり、国会議員までいるような組合とは違う。持続可能な組織づくりを追及しているユニオンのみなさんが、ストライキを果敢にやっていることに目を向けなければならない。
一人の組合員の15分ストライキ
新聞でも大きく報道されましたが、ABCマートという販売店で一人の女性パートが「みんなに迷惑をかけるから」と、一人組合員が15分だけ早退をする方法でストライキをした。1回目のストライキで5%、2回目のストを通告したら5%の賃上げの成果をかちとった。なぜ、そういう成果が出たのか。この組合もSNSを使いYouTubeとかTwitterを駆使している。靴というのは、消費者があって成り立つ。小さな動きであっても無視出来ないという経営判断があった。最近は、ある店に一人しかいない、アルバイトだけというところも多くあります。その店に一人いる労働者が組合に入りストライキすれば、その店はうごかないわけです。ビジネスモデルが変わってくるなか、ストライキも新しい方法が追及されている。
ドイツの有名なスーパーマーケットのストライキの例。ストがおこなわれている時に、会社側がスト破りを採用してスーパー運営していた。組合がインターネットで支持を呼びかけると、40人の人たちが集まってきた。どういう行動をしたかというと、少額の商品を大きなカートに一杯入れレジに並んだ。レジ打ちに時間がかかるわけです。極めつけは、カートに一杯入れて「あー財布を忘れた」といって帰ってしまう。大きな混乱を生み出した。こういう行動についてドイツ連邦労働裁判所は、合法であると判断した。つまり、組合のコントロールにおかれている限りは一般市民であっても団体行動に参加するのは認める。日本との違いを感じます。
日本はやっと時給1000円に
世界でも新しい運動が広がってきている。アメリカのUAW・全米自動車労組が長期間のストライキをしました。一つの会社で1週間に600億円から700億円の損害が出る。最終的に25%の賃上げをかちとりました。
日本では25%というのは考えられない。やっと最低賃金が全国平均で1000円を超えたところ…。
もう一度、労働基本権を考えてみる
さてこのように考えてみると関生支部事件では労働基本権が保障され、刑事免責が問われないと思っていたがそうではないと知らされた。言い換えると、権利は弾圧され侵害されると自覚する。生コンクリートを使う建設業界は海外移転ができない。国内で生産して消費するしかない。生コンの労働者、建設労働者を関生支部へ組織することが重要です。
関生支部事件に労働法学者が係り、もう一度労働基本権を考えてみる動きをつくり出していきたい。みなさんと共に協力し合い、「労働組合つぶしを許さない」新しい組合をつくっていくことをお互いに誓い合いたいと思います。
(11月10日、労働組合つぶしを許さない兵庫の会・第4回総会=神戸市内。吉田美喜夫・立命館大学名誉教授(労働法)による講演「労使関係の転換で何が問われているのか」/要旨、文責=『未来への協働』編集委員会)
