
陸上自衛隊で〈性暴力〉を告発した五ノ井里奈さんは、今年初め、国と加害者の元隊員5人に損害賠償を求めて横浜地裁に提訴した。事件は社会問題となり、防衛大臣の指示による「特別防衛監察」で30万人の全隊員を対象にして、異例のハラスメント調査を行った。
その結果、被害申し出は1325件(パワハラ1115件、セクハラ179件、マタハラ56件)を数えた。そのうち6割が相談しなかったと答え、その理由として「改善が期待できない」(23%)、「窓口があることを知らなかった」(15・9%)、「相談できる雰囲気でない」(12・7%)などをあげた。相談した場合でも「お前、職場にいられなくなる」「自衛隊はそういうところ」と脅されたケースもあった。
自衛隊内のハラスメントが全国的に可視化されたのはおそらくこれが初めてだ。一方で、五ノ井さんが個人のSNSでセクハラのアンケートをおこなったところ、たちまち現職隊員や元隊員から140件以上もの回答が寄せられたという。だとすれば、防衛省の調査結果は「氷山の一角」にすぎないということだ。
「戦争は最大の人権侵害」と言われる。戦場でいったいどのように人権が守られるというのか。イラク戦争で米軍女性兵士の3人に1人が仲間からレイプを受け、63・8%が「セクハラ経験がある」と米国防総省が認めた。これが「正義の戦争」の実態だ。戦場は「人間性」を破壊し、「最大の人権侵害の場」にならざるを得ない。その危険な入り口に、自衛隊員も立たされていると言える。
ドイツの軍隊はナチスの蛮行の反省から、兵士は「制服を着た市民」として、一般市民と同等の人権が認められている。ドイツ軍人法11条では、非人道的・理不尽な命令には従わなくてよいとする「抗命権」を定めている。自衛隊法には「抗命権」はない。ならば、非人道的・理不尽な命令や上官の振る舞いに対し、自衛官自身の人権や尊厳をどうやって守るのか。そのシステムが自衛隊にはないのだ。
70年代、自衛隊内で決起した反戦自衛官たちは「抗命権」を要求していた。それが認められなければ、隊員に人権はない。「国民の命と安全を守る」として戦場に赴く隊員に人間扱いされなければどうなるか。単なる殺人機械にされてしまうのは目に見えている。彼らの人権を守ることは、隊員の家族や私たち市民にとっても切実な課題であろう。
12月12日、福島地裁は五ノ井さんの訴えを認め、元自衛官3人の強制わいせつ罪を認定し懲役2年・執行猶予4年を言い渡した。五ノ井さんは、自身が被災者となった東日本大震災のとき支援してくれた女性自衛官への憧れから、大学を中退して入隊したという。
戦争のない社会は、隊員たちにとっても死活問題である。(石田勝啓)
