海保の暴行によって晴れ上がり変色した千葉和夫さんの左手=1月27日、本人撮影

目の焦点が合わないなどの症状があり、2月4日に入院した。7日に退院し帰宅し、テレビをつけたら、自民党の裏金の話が続いていた。自民党の「政治とカネ」を追及するのは良いことだが、このような問題に私たちが引き付けられているときにも、報道はされないが、寒い中で大浦湾のカヌーの闘いが連日行われている。

修羅場の抗議行動

辺野古新基地建設の中心は、いま大浦湾側の埋め立てに移っている。国の「代執行」により、大浦湾に作業ヤードを作ろうと塩川港から運搬船で石ずり(石材の砕かれたもの)を運び、作業ヤード予定場所に投げ込んでいる。それをカヌーのメンバーと抗議船が阻止しに行く。どのような修羅場が展開されているのか、千葉和夫さんから届いたメール(要旨)を紹介する…。
―(1月27日)その後、北部病院に行ってきました。部屋に戻ったのは夕方でした。
朝一番で大浦湾の(張り巡らせているフロート)開口部に向かった。大浦湾ガット輸送船は、まだ沖におり出入り口は閉まっていた。私たち5艇は、そこを開けさせないよう開口部に張り付いた。すぐに海上保安庁GB(注)がやって来て、私たちを排除し始める。
私はいつものように、みんなから離れフロートの外側にカヌーを繋ぎ全体の動きを見ていた。急にGBが近寄ってきて、「フロートから離れなさい」と命令口調である。「危険だ、危険だ」と言うだけだ。私は海上保安官こそが危険な存在だと思っている。なぜなら、私たちに怪我をさせる。私たちは辺野古、大浦湾の自然を壊すのをガードし守っている。
私はフロートの外側にいる。保安官が内側から飛び込み私を押さえ付け、掴まっていたカヌーのロープを外そうとするが、ロープが引っ張られて力がかかっているためにカラビナが開かない。私が何度も「自分で外す」と言っているのに押さえ付け、私が掴まっている左手の中指、薬指を逆に引き剥がし、「痛い、痛い」と言ってもやめなかった。
その後、私が自分でカヌーを外し、保安官にカヌーを押さえられたままフロートを離れた。その時は手袋をしていて気が付かなかったが、K5護岸を作る作業に抗議した後、松田ぬ浜に戻る途中、左手が痛いので手袋をとってみると、写真のように大きく腫れていた(浜に上がってから撮った)。
午後3時半ころいったん部屋に戻った。土曜日で病院の診察は終わっていたため、北部病院の救急搬送口から入り診てもらうことになった。
レントゲンを撮り先生に診てもらい、いろいろ説明してもらった。「レントゲンの結果は、骨折やヒビは現在見当たらないが数日して症状が現れることがある。その時は、また来るように」「内出血はかなり痛む可能性がある。鎮痛剤は必ず飲むこと。痛みが続くようなら、すぐに救急車で来るように」とアドバイスされた。診断書は「全治10日間の見込み」とのことだった。
メールを書いている時も、左手の甲は痛み、左の脇の下のリンパも痛むようになってきた。このようなアクシデントに遭い、多くの人に迷惑をかけ申し訳なく…。狙われたように、私は思いました。―

三度目の負傷

カヌーを操るのが一番うまい千葉さんが海保に傷を負わされたのは、私が知る限り三度目である。一度目は21年4月15日、抗議に向かった千葉さんのカヌーに海保の乗ったゴムボートが猛スピードで左右から突っ込んできて、胸部打撲・頭部座礁・頚椎損傷の傷害を負わされた。一時は意識を失うほどだった。この件は海保側が否認し、いま民事訴訟中である。
2度目はフロートの外でカヌーに乗っていた千葉さんに突っ込んできた。GBをカヌーにぶつけてくるのは、ダンプが乗用車に衝突するようなもの。大変危険である。提訴をしたが検察は不起訴にした。今回が3度目。海上は市民の目が届かないから海保は何の気づかいもなく暴力を働く。千葉さんは、私たちに「迷惑をかけて申し訳ない」と謝るけど、私たちのサポート体制が弱いから彼が謝ることになってしまう。
自民党の裏金問題の闇を暴いて欲しいが、国家の闇というものにもたどり着かなければならない。国の代執行のもと大浦湾埋め立てに、国の意志はどのように貫徹させているのか。「抗議すれば千葉さんのような目に遭わす」というのは、その一端ではなかろうか。裏金問題を「政治ショー」に終わらせないようにするにはどうすればよいのか。私たちの知恵の出しどころである。(富樫 守)

▼辺野古ぶるー千葉さん海保提訴の口頭弁論 2月27日、第13回(那覇地裁)が行われた。今後の傍聴、海上抗議船へ乗船希望など問い合わせ Email tnffx484@yahoo.co.jp
(注)GBというのは海保が乗る硬いゴムでつくられたボートで5~6人が乗っている。