映画『夜明までバス停で』の一場面

2020年に起きた「渋谷ホームレス殺人事件」(被害女性は広島出身の64歳)をモチーフにしたフィクション映画である。被害女性は短大時代には演劇に打ち込み、東京でコンピューター関連の仕事に就いた後、スーパーで試食販売員になった。事件の3年前に家賃滞納でアパートを退去して以来、路上生活だった。生活保護は受けていなかった。加害者の自殺により公訴棄却となり、真相究明がされなかった悲惨な事件だ。
映画の主人公・三知子(板谷由夏)はアクセサリー作家。それだけでは食べていけず、焼き鳥屋のバイトをしていた。コロナパンデミックで状況が一変、緊急事態宣言で閉店となる。三知子たちは、クビになり住み込みからも追い出された。あっという間にホームレスに陥ってしまう。  
三知子は、別れた連れ合いが彼女名義のクレジットカードで作った借金まで自分で返すという生真面目な性格。折り合いの悪い兄に頼ることもできなかった。
地域でボランティアとしてゴミ拾いをしている孤独な男が、ユーチューバーの「ホームレスは税金泥棒」という主張を鵜呑みにして、自分のテリトリーにあるバス停で仮眠をしている三知子を疎ましく思う。道端のレンガをビニール袋に入れ、それを振り上げるシーンで始まる。
ホームレス仲間には「バクダン」と呼ばれる男がいる。ベトナム戦争の最中の学生時代、交番を爆破して逮捕された。ベトナムを攻撃する兵器の製造が許せなかった。「こんな世の中、おかしい」。三知子に「俺たちはどうすれば良かったんだろう。それが未だに総括できない」とつぶやく。
他方、焼き鳥屋の店長の千晴は、三知子たちバイトをクビにした張本人だが、「酷いことをした」と反省し、バイトたちに退職金を払うために「三知子の署名」を偽造する。劇中のテレビ画面に、菅首相の「自助、共助、公助」という演説が映し出される。
焼き鳥屋の男性オーナーは、バイトは使い捨てとしか考えていない。あげ句のはてに三知子たちの退職金をネコババする。このオーナーと政治がオーバーラップする。
三知子はバクダンに感化され、渡された『腹腹時計』を読む。手先の器用さを買われ、爆弾作りを手伝う。2人が爆弾を抱えて都庁へ向かって歩いていくスローモーションの場面は、落とし前をつけに行くヤクザのシーンだ。三知子とバクダンが仕掛けた爆弾はジョークだった。タイマーがゼロになると目覚まし時計が鳴る。三知子は「犯罪者」にならずにすんだ。
最後のシーン。男がレンガを振り上げようとする直前で千晴が現れ、三知子に退職金を渡しエンディングになる。観ている者をほっとさせると同時に、ホームレスに落ちていく三知子が観客自らと重なる。(石田勝啓)