薬物療法偏重の精神医学の流れのなかで、患者の「こころ」と向き合い続けた精神科医たちが登場する。本書の狙いは「葛藤の中で見出された精神療法等の叡智(えいち)を、生きづらい自分や劣化する社会を変えるために共有し、『みんな』のものにしたい」ということ。
「オープン・ダイアローグ(開かれた対話)」は、フィンランドの精神科病院で生まれた療法で、統合失調症などの症状を対話の力で和らげ、「寛解」させる手法だ。「本人がいないところで、その人の治療方針を決めない」という考えが核にある。対話は「今日はどういったお話しをなさりたいですか」などときり出し、「この人はどんな世界に生きているんだろう」という関心を大切にする。
当事者や家族にたいして、決めつけや知ったかぶりをしない。「あなたの不思議な体験について、よく知らないので詳しく教えてください」という姿勢で臨む。また、「これから私たちだけで話し合いますから、聞いていてください」と当事者の前で治療チームが対話をする。ネガティブな意見を避け、共感的なやり取りを心がけ、当該や家族に感想を聞き、今後の方針やまとめを行い、当該に対話の評価をしてもらう。
オープン・ダイアローグの実践テキストには、「7つの原則」「対話実践の12の基本要素」が記載されている。
▽対話の目的は「変えること」「治すこと」「決定すること」ではなく、「対話を続け、広め深めること」
▽「正しさ」「客観的事実」はいったん忘れ、「主観性」を大切にし、交換すること
▽当事者を「困難な状況にある、まともな人」として観て「病名や症状で考えない」
▽「シンフォニー(調和)」ではなく、「ポリフォニー(多声性)」を重視する
▽「折衷案を出すのではなく、『違いを掘り下げる』」
▽「答えの不確かな状態に耐える」などなど。人間の心の深層に肉迫していく方法に、これまでの私たちの一面性・硬直性・浅薄性に気づかされた。(石田)