「ほんとに恐ろしかったわ」。娘時代の体験、韓国・済州島(チェジュド)で1948年に起きた4・3事件。アメリカ軍政下で朝鮮半島を分断する南朝鮮単独選挙の強行に反発した民衆蜂起である。この時、政府軍・警察による弾圧で島民の5人に1人、6万人が殺された。
その記憶を語る年老いたオモニ。猪飼野の自宅で「将軍樣」の歌をほろ酔いで口ずさみ、くつろぐアボジ。「お前の好きな人やったら誰とでも(結婚して)ええけど、日本人とアメリカ人は絶対あかん」。アボジは総連の幹部で両親ともに活動家である。
3人の息子を帰国運動で「北」へ送った。長男を「北」で亡くした。アボジが亡くなり、ヨンヒは12歳年下の日本人の彼氏を、オモニに紹介する。チェジュドでパルチザンとして山に入り殺された婚約者と、つらい別れを経験したオモニは、娘婿を温かく受け入れ、参鶏湯(サムゲタン)とスープでもてなした。
息子たち家族に、なけなしの貯金から50年近く仕送りを続けた。それを止めるため、娘のヨンヒは説得する。オモニの参鶏湯とスープづくりに、今度は娘婿がスープを作って家族で団欒する。
38度線で分断、家族を引き裂いた「イデオロギー」に対し、「スープ」は、絆やアイデンティティを象徴しているだろうか。そして、命からがら日本に密航したオモニは、老いて認知症になる。ヨンヒはチェジュドにオモニをつれて行く。
ムン・ジェイン大統領は被害者と家族に謝罪する。オモニの記憶は、もどらなかった。しかし、イデオロギーに引き裂かれたオモニが、現在と過去、北と南の時空を超越し、自由に行き交えたかと思える。
「アボジは、どこ行った」「長男はどこや」とたずねるオモニに優しく話を合わせるヨンヒは、また連れ合いやオモニといっしょにスープの団欒を過ごすのだろうか。
「歴史ひとつ違っていたら、38度線は日本のどこかに引かれていたかもしれない」と、作家の村山由佳が述べていた。歴史に激しく翻弄された生死にが、今も世界中で繰り返されている。(啓)