虐待が行われていた神出病院=神戸市西区

安倍元首相と昵懇(じっこん)

神出(かんで)病院が属する錦秀会グループは傘下に6000床を有する巨大医療グループ。国内では徳洲会グループに次ぐ規模だ。神出病院の籔本雅巳理事長(当時)の年収は3億円で、安倍元首相とはゴルフ仲間。安倍氏が所属していた自民党細田派に巨額の政治献金を行い、医療業界で権勢を振るってきた。こうした金は多くの患者を犠牲にして得られたものだ。

人権感覚の欠如

神出病院においては、その劣悪な医療環境自体が患者への虐待であった。ボロボロに老朽化しても改修されない施設。便の臭いが漂う不衛生な病棟。不足したまま補充されない機器や備品。使い捨てのチューブ、ガーゼ、衛生用品などを消毒して使い回す。老朽化したエアコンは不具合のまま放置。ナースコールは故障したままで、しかもベッドには設置されていない。患者の内科的な疾患が重症化しても転院させない。病院職員の徹底した人員削減。退院死亡率は42%(事件発覚後、院長が交代し20%台に一気に下がった)。
これに加えて職員たちの患者への虐待は凄惨を極めていた。そこには人権感覚の欠片もなく、患者をいたぶり、なぶり、笑いものにしていた。患者同士でキスをさせたり、看護師長が患者の陰茎を手で擦って射精させ、部下にもやれと焚きつけたり、陰茎包皮をむいてアルコールで拭いて激痛を加えたり、陰茎にジャムを塗って別の患者に舐めさせたり。
それだけではない。患者の鼻に折り曲げた爪楊枝を入れて引っ張る。認知症の患者が床に落ちた大便を誤食するのを止めずに、「もっと食べろ」とはやし立てる。床に仰向けに寝かせた患者の上から重さ106キロの檻付ベッドを覆い被せて閉じ込めたまま放置する。患者を全裸で廊下を歩かせてトイレに連れて行き、ホースで水をかけ、患者の頭部にラバーカップを吸着させる。汚れた服を着せたままハイター原液をかける。患者の頭にガムテープを4重に巻いた上で、両目の付近にも貼り付ける。患者にたいする3カ月から半年以上の身体拘束などなど。

スマホ動画から発覚

このような虐待は20年以上前から繰り返されていたが、それが発覚したのは、神戸市内で起きた連続強制わいせつ事件の容疑者として逮捕された神出病院の看護助手が所持していたスマホの動画だった。2020年3月、動画を手がかりに捜査した兵庫県警は、看護師と看護助手6人を準強制わいせつ、暴力行為等処罰法違反、監禁などの容疑で逮捕。刑事事件化されたのは36件だった。
虐待の首謀者である看護師長が逮捕を逃れていたことを見ても、それは氷山の一角に過ぎなかった。錦秀会の藪本理事長や神出病院の大澤院長は、事件発覚後も真相究明を妨害し続けたため、第三者委員会が設置されたのは逮捕から1年半後の21年9月だった。その調査で、少なくとも84件の虐待に看護師ら27人がかかわっていたことが明らかになった。
神出病院の虐待事件は、警察がたまたま逮捕した男のスマホ動画を発見しなければ、永遠に続いていたのかと思うと怒りに堪えない。病院の自浄作用は皆無だった。神戸市や兵庫県は病院にたいしておざなりの指導で済ませ、20年以上、警察の捜査も及ばない「治外法権」の状態が続いていた。彼らは皆、直接・間接に虐待に加担していた。まさに構造的な精神障がい者差別である。

市・県の監督放棄

藪本理事長は第三者委員会発足後も事情聴取を拒否し続けたが、21年9月、日本大学医学部背任事件で逮捕される直前に理事長を辞任した。しかし自分の妻を理事長代理に据えて、錦秀会グループを支配し続けたのである。妻は理事長代理として年収7200万円という法外な報酬を得ており、これもまた患者を犠牲にして暴利を貪り続けて得た金である。
2022年5月、第三者委員会は281ページにわたる調査報告書を作成し、「一般市民にも公開すべき」としてホームページ上で公開した。
調査報告書は語る(以下、要約)。「病院内だけでなく、神戸市の実地指導が怠慢の誹りを免れない。事前通告から立入調査までの間に病院が隠蔽工作をしていたことが顕著であり、それらは認識されていたはず。一応は改善指導を出すものの、それで終わり。法律にもとづく職員の配置においても、誰も知らない名前が勤務表にあったり、診察なしでカルテに記入して薬が処方されたりしており、違法な隔離や拘束について医師の指示など必要な書類が整っていない。こういったあり方が、『患者を人間と見ない』気風を全職員に浸透させた。スマホ動画に見るような虐待は24年間(1998~2022年)にわたり行われており、神戸市はそれを無視し続けた。さらに兵庫県は藪本理事長の職務内容(決済印を押すだけ)に比して余りに高い報酬が医療法54条(剰余金配当の禁止)と認識しながら、知らぬものとした」。
このような事件がなぜ許されてきたのか。そこには藪本理事長と市・県との間に癒着や黒い利害関係があるとしか思えない。兵庫県は第三者委員会の報告を否定し「運営が著しく適性を欠く事実は認められない」と、あくまで県の行った監査結果の正当性に固執した。どうしてこのような態度をとることができたのか。それは、背後にもっと大きな権力が存在していたからだ。(つづく)