長いこと生きてきましたが、裁判官なる職業の人とは個人的な付き合いも、会話もしたことがありません。全然身近な存在でないです。また、小説でも裁判官をテーマにした作品を読んだことがなかったです。
 ところが最近再燃している小池百合子の学歴疑惑で、著者の黒木亮さんが「カイロ大学卒業は虚偽だ」と断定しているのを知り、ググってみてこの作品を見つけました。著者は早稲田大学を出た後の銀行勤めでカイロ・アメリカンに留学しており、アラビア語にも精通しているのでしょう。
 さてこの小説には、実在の人物と架空の人物が登場します。物語は、架空の人物の村木健吾と津崎守、そして妹尾猛史を軸に展開していきます。村木健吾は青年法律家協会の会員である裁判官、津崎守は最高裁長官まで上り詰めるエリート裁判官、妹尾猛史は反原発訴訟を担う人権派弁護士です。作中に出てくる裁判は現実にあった「長沼ナイキ訴訟」「伊方原発訴訟」「日本海第二原発運転差し止め訴訟」など。
 「長沼ナイキ訴訟」で自衛隊違憲を判断し、住民勝訴の判決を下した福島重雄裁判官は、国策に反する判決を出したとして最高裁事務総局から目をつけられ、人事上の冷遇を受けました。「伊方原発訴訟」では住民、弁護団、京大の学者たち(熊取6人衆)の完璧な論証によって四国電力を追い詰めるのですが、ここでも最高裁は裁判長を入れ替えて、住民側を敗訴させます。
 「日本海第二原発運転差し止め訴訟」は、金沢地裁の裁判官をしていた主人公の村木健吾が、原発訴訟では初めての運転差し止めの判決を下します。実際の志賀第二原発裁判で判決を出したのは、弁護士として湖東病院事件で西山美香さんの無罪をかちとった井戸謙一さんです。
 この小説を読んでつくづく思ったのは、裁判官も権力欲が強い人が多いのだということ。1970年代から政府・自民党に斟酌し、青年法律家協会に加入している裁判官や、国策にそぐわない判決を出す裁判官が家庭裁判所や地方の地裁支部勤務にさせられています。「原発を止めた裁判長」の樋口英明さんも、名古屋簡易裁判所に転勤させられました。
 三権分立とか司法の独立とかは名ばかり。以前、「戦争法違憲訴訟」に参加したことがありますが、国側の訟務検事は一切弁論しなかったのに国側が勝訴でした。小説では裁判官の出世欲や人間関係のどろどろした部分も描かれており、面白く、読み応えある物語でした。(こじま みちお)