難病の小脳萎縮症

訪問介護の世界では、いろんな経験があります。武男さん(仮名)は80歳過ぎの男性、小脳萎縮症でした。この疾患は法律で難病に指定されており、治療法が確立されていない、進行性のものです。主に運動系に影響が出ますが、発声、嚥下などにも影響があり、コミュニケーション障害が顕著な疾患です。
私が武男さんの介護支援に入った時点では言語障害、歩行、立位、座位に影響が出てきていました。武男さんはもともと神戸市内で小さな印刷工場を経営し、阪神大震災のときは整理解雇を行わず会社を再建。その後の印刷不況で会社を整理する際も、経営に余力がある時点で働いていたみなさんに、きちんと払うべきものを支払いました。その後シルバー人材のようなところで働き、実直な人柄を買われ現場長に昇進、自宅のマンションでは管理組合の理事長を長く務め、住民どうしのトラブルや雨漏り修繕などに尽力しました。
お連れ合いの昌子さん(仮名)によると、元気だったころの趣味はゴルフ、見せられた写真はカラオケ熱唱という感じです。ただ、言語障害がひどくなった時期なので、そのストレスから昌子さんにきつく当たることが多かったようです。昌子さんは不安な声で私に聞いてきました。「どんどん症状がひどくなってくるので、これからどうなってしまうのか…、不安しかありません」。
私は正直に答えました。「私も仕事なので、こうしたケースに立ち会った経験がありますが、お医者さんの言うとおり、この病気は治療法がありません。でも良いことが起きないということでもないですよ。これまで、これだけ周りの人に良いことをしてきた武男さんだから、恩に感謝したいと思う人も多いはず。ただ、日々の介護が安定しないと周りの人の足が遠のくので、『福が帰る』ことがなくなってしまいます。もったいないです」。昌子さんは半信半疑でした。

「ありがとう」の魔法

私は頃合いを見て武男さんにも静かに話しました。「武男さんはおわかりと思いますが、この病気は進行性です。これからさらに言葉によるコミュニケーションが難しくなります。これからは介護スタッフさんに『ありがとう』と伝えることを心がけると、いいと思います。うなずくとか、ちょっと手をあげて感謝を伝えるといいですね。介護ヘルパーは『ありがとう』と言われると、力が出る人が多いのです。おわかりですよね」。武男さんは理解されたようで、その後は積極的に介護スタッフに「ありがとう」を伝えるようになったそうです。介護関係者の雰囲気が、画然と明るくなりました。

別れの宴

その後、訪問介護から、訪問看護と訪問入浴の体制に移行し、私は支援体制から離れることになりました。しばらくして、私の事務所に「武男さんが病院から急きょ自宅に戻るので集まって欲しい」と電話がありました。私はこの日、朝から夕方までサービスがつまっており集まりに行けなかったのですが、あとでケアマネージャーに聞いたところ、病状が進んで、嚥下障害から誤嚥性肺炎を頻発してもう限界ということで、武男さん自身の希望で最後の一時帰宅になったのです。
急な話にもかかわらず、この「別れの宴」にはマンションの住人と近隣のご親族も集まり、20数人になったということです。賑やかな雰囲気のなか、武男さんは集まったみなさんに感謝を伝え、迎えの介護タクシーがくると堂々と病院に去ったとのこと。武男さんに、「福が帰ってきた」のでした。武男さんの難病は治りませんでしたが、病気に負けませんでした。この経験は、私の財産として日々の活動に生きています。(小柳太郎/介護ヘルパー)