反戦平和の不十分さ

パレスチナ問題にくわしい田浪亜央江さん(たなみ・あおえ、広島市立大准教授)の市民講座を聞いた(6月30日、神戸市内)。「ガザに平和を」という市民集会だったが、田浪さんは、「平和、反戦を言うのは大切だが、それだけでは不十分。パレスチナ解放、植民地主義こそが問題だ」と話した。「ガザにおけるジェノサイドの背景とパレスチナ解放の射程」が演題だった。以下、要旨をまとめた。  (俊)

―昨年からの事態をどうとらえるか。メディアは「ガザを実効支配するハマース」と報道するが、起点を昨年10月におくのは、国際社会のパレスチナ、ガザの状況への無知、無関心の表れ。問題は、パレスチナを占領してきたイスラエルが最終的な民族浄化(パレスチナの消滅)をめざし、着々と追い詰めてきた政策の帰結にある。あの日(昨年10月7日)始まったことは想定外だったとしても、いつかは起こることだった。

「民族浄化」

パレスチナ問題とは、「対等な国」どうしの紛争、戦争とはまったく異なる。これまでも「停戦」による無関心のもと、イスラエルによる民族浄化が繰り返されてきた。一つは「入植者植民地主義」。先住民から資源などを奪い支配するのではなく、住民を追い出し土地支配を目的とした入植運動。先住民、先住文化を完全に制圧し、場合によってはジェノサイドにより抹殺する。
もう一つはアパルトヘイト。かつての南アに由来する人種差別に基づく隔離政策。パレスチナでは2000年代から顕在化した(第二次大戦後、イギリスがパレスチナから撤退。シオニズムとイスラエルによる占領、入植が始まる)。パレスチナの当時の人口はユダヤ人60万人、アラブ人123万人。人口の30%(土地の6%)だったユダヤ人が、土地の56%を占めていく。ユダヤ国家は肥沃な土地、アラブ国家は不毛の地が多かった。もともとパレスチナに住んでいたアラブ人のほとんどが、居住地を追われた。少なくとも70万人以上が「難民」となる。

入植者植民地主義

イスラエルは「国連分割決議」にすら違反しながら、全領域の77%を支配したまま国際的に承認されていく。1967年には残りの地域も占領し、ヨルダン川西岸、ガザ地区などがパレスチナ被占領地となる。「パレスチナ自治(区)」も、自治権を持つ地区がバラバラに点在、相互の交通も分断され検問もされる。あの高い分離壁はガザだけではない。「オスロ合意に戻る」ことではなく、イスラエルによるアパルトヘイト政策を止めなければならない。
イスラエルは制空権、制海権を持ちガザを封鎖し、経済を麻痺させている。「パレスチナ人がガザから攻撃するという構図」を作ったと言ってもよい。ガザ地区約365平方キロ、人口約230万人のうち難民は160万人。ガザにイスラエル人はいないため、イスラエルはいくらでもガザを攻撃できる。

「対テロ戦争」の概念

イスラエルの建国(1948年)から、これらの既成事実化、最終的な民族浄化までを「同時代の出来事」として目撃しつつある私たちが黙っていることは、「国家のために人を配置し、利用する思想」「殺されてもいい人間と、そうでないはずの我々」という概念を受け入れることになる。「中東のことはわからない」という私たちの無関心が、現在の事態につながっている。少なくとも、安倍政権以降のイスラエルとの協力関係の強化を許してきたこと、2000年代以降の「対テロ戦争」というロジックに丸め込まれてきたことを認識する必要がある。
イスラエル国家の根本的ありようが変わらない限り、「停戦は次のジェノサイドまでの猶予期間」に過ぎない。それらを世界の市民、民衆の「スタンダードな理解」にしていかなければ…。
―田浪さんは、「いま始めること」を提起した。「二つの武装勢力の土地や宗教をめぐる紛争のように見るのをやめる」「強大な一国家が他民族を迫害し植民地化し、土地と財産を奪っているのだ」「パレスチナ全域におけるキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒が平等な権利を有する」「民主的、世俗的な国の樹立を求める」「人種主義的な入植型植民地主義プロジェクト解体、アパルトヘイトの終焉を支持する」ことである。

【田浪亜央江さん】
 専門は中東地域研究・パレスチナ文化研究。現代パレスチナの芸術文化、とくにパフォーミングアートを中心にリサーチ。著書に『〈不在者〉たちのイスラエル: 占領文化とパレスチナ』(インパクト出版会、2008年)