
今年は被爆79年。核保有国のロシア、イスラエルが戦争を継続し、「切り札」として核を握りしめている。核廃絶を求める状況は厳しい。
被爆証言は千葉孝子さん。3歳のとき爆心から2・5キロの自宅で被爆した。出産間近の母親は病院へとたどり着くが、無数の重傷者に手が回らぬ医師から「自分で何とかしてくれ」と、少量のヨードチンキを手渡され、へその緒を自分で切った。
千葉さんは「福島の原発事故に衝撃を受けた」という。核廃絶を願うには、自らの被爆体験を語るにとどまらず、「原発廃炉に本気で取り組むべきだった。原発事故による放射能被害を受けた人たちに、思いが足りなかった」と悔やむ。その真剣さが伝わってきた。
若い世代から佐藤優(ゆう)さん。大学在学中に被爆者の切明千枝子さんの体験をもとに、紙芝居『8月のウサギ~被服支廠(ひふくしょう)物語~』を作った。卒業後も被爆者と関わりながら、若い世代へメッセージを発している。若い人たちにとっては、被爆を自分の問題にするには敷居が高いと感じている。高齢の被爆者たちは、若い人たちの考えを聞く機会が少ない。佐藤さんは、若者と被爆者を「つなぐ人になりたい」と語る。
核なき世界への道筋
平和講演は、前長崎市長の田上(たうえ)富久さん。国際的な平和友好会議や行事の状況、国による社会や文化の違いに言及し、その行動の幅広さに驚かされた。現実に核弾頭を減らすには、核保有国が民意をうけ核不拡散、核軍縮に取り組むことなしに実現はできない。文化や政情の異なる国々による反核運動を、同じ反戦平和を求める勢力として幅広く受け入れ、支援する内容と大きさを持つ必要がある。
田上さんは「原子雲の上と下を考える」「NGО、被爆者と被爆地、国連や国、市民社会」「それらを基盤とする現代社会のОS(基本システム)を変える」、さらに「長い目、多面的に、本質を見る」と、核のない世界、新しい社会づくりへの道筋を話した。

日本社会の理不尽さ
子ども甲状腺がん裁判弁護団・副団長の杉浦ひとみさん。一般には年間100万人に1~2人の発症率である甲状腺がん患者が、原発事故以降の福島では約200人。因果関係を否定する東電と、原発事故後の健康被害は「あってはならないこと」にする国の方針により、補償がないばかりか「原発のせいだ」と口にすることすら許されない被害者たち。その人たちを原告とし匿名で陳述し、守りながら正当な補償を求める裁判。それを支援する活動に取り組む。
このような日本社会の理不尽さはあまり知られていない。「ヒロシマ、ナガサキとつながり、訴訟をたたかうことで多くの人に知ってもらう。社会の歪みを正すことに尽力したい」と語った。
それぞれの発言を聞きながら、核廃絶への試みの手ごたえを感じることができた。 (安芸一夫)
