
廣瀬純氏は、週刊金曜日に長期の連載を掲載されている評論家・研究者。昨年には、その連載をまとめて『新空位時代の政治哲学:クロニクル2015−2023』(2023年刊 出版社:共和国)として発表している。今回の講演会では、現代社会と資本主義の根本的な問題について、示唆あふれる発言が多く、興味深い講演だった。
◆覇権の移行期
最初に、20世紀初頭からの100年にわたるアメリカによる世界覇権が現実に新たな形に移行しつつあることが述べられた。20世紀初頭までの石炭を軸としたイギリスの世界覇権が、世界大戦をへてアメリカの石油を軸とした覇権体制になり、そしてそれがリチウム等のレアメタルを軸とした新たな覇権体制への移行の時期が現在。
100年前に生じた二度の世界大戦によって、イギリスからアメリカへの覇権の移動が生じたが、現在もそれと同等な意味を持つ世界史的な「戦争」がおこっている。COVID(新型コロナウイルス感染症)をめぐる世界の動き、ロシア-ウクライナ戦争、そしてイスラエル-ガザ戦争なども、世界大戦に比する世界史的な動きである。
こうした資本の大きな世界史的な動きにたいして、我々は「何をなすべきか」と考えると、第一次大戦期のレーニンの視点で見直してみることが必要である。
第一次大戦の勃発と同時にヨーロッパ諸国にあった社会主義政党は、自国の戦争を容認し、それに加担していった。レーニンはそのことを強く批判したことは皆さんご存じのとおり。今と比較してみると、一つの例だが、フランスではウクライナ-ロシアの戦争で、ウクライナを批判することは全く許されていない。左派的な人であってもきわめて硬直的な発言しかフランスではできない状況にある。現在のヨーロッパの左派は、当時のレーニンの批判の対象となった人びとと同じになっているのではないか。
◆フェミニズム
もう一つの21世紀的な重要な視点は、フェミニズムである。20世紀までのフェミニズム運動は、数多くある当事者の権利要求運動という側面が強かった。たとえば少数民族の権利、障がい者の権利要求運動、そして女性の権利要求運動というような側面だった。
ところが21世紀に入ってからの諸政治運動を見ていくと、その内部にあって、内発的なもう一つの努力を要する課題としてのフェミニズムが内包されてきた。
たとえば南米チリでの民衆反乱そして2021年のチリの憲法制定議会の議長をマプーチェ(先住民)の女性が就任したことなど。チリにおけるこのたたかいは、70年代のピノチェトのクーデターに潰されたアジェンデの「人民連合」の運動の再開という意味があるが、その中心に先住民の女性が立っていることが21世紀的である。
数年前に起こったイランの東クルディスタンでの女性の抗議闘争(イランの宗教警察の取締の過程で女性が死亡した事件への抗議闘争)。これも1979年におこったパウレビー王朝打倒のたたかいが、イスラム主義によって「簒奪」されたことへのイラン革命の再開の意味があった。その中心にクルド人の女性たちが立っている。
◆たたかいの前線は
レーニンの帝国主義戦争を内乱・内戦への呼びかけにもどると、そのたたかいの前線は、今はどこにあるのか。そもそも資本主義が300年前に世界史的に登場した時から、資本家がやっていることは変わっていない。それは3つの資本の本源的蓄積の問題に関わっている。
一つは新大陸の侵略(「南の国々」への戦争)ということ。アメリカ大陸では先住民を駆逐して土地を奪った。他の大陸では今もなお資源を強奪している。
二つ目には囲い込み。イギリスで典型的におこった農民を強制的に都市の労働者にしていくこと。土地や自然と切り離された賃金労働者の創出の問題。
三つ目には「魔女狩り」ともいうべき女性にたいする戦争。再生産労働をすべて女性におしつけていくために、300年前から資本主義は女性にたいする戦争をおこなってきた。この3点は、現在もなお形をかえて進められている。3つのたたかいの前線。
階級について。週刊金曜日で、「敵は勝ち続け、味方は負け続けている」と書いた。敵は記憶力が良い。新大陸の強奪=資源の強奪にしても、囲い込みにしても、魔女狩りにしても、彼らは300年以上、一貫して3つのことを継続し続けている。ところが市民は記憶力がよくない。たえず忘れてしまっている。
資本家階級は、彼ら自身が法外な利潤を求めている時に、彼らは「階級」として形成され組織されていく。戦争の時がもっとも典型的だ。しかも今はいつも階級として「団結」している状態だ。
労働者は、普通に一般的な賃金要求をしている時でも、階級としては形成されていない。できていない。しかし労働者は法外なとんでもない賃金を資本家に要求するか、敵が絶対に認めることができない要求をおこなう時に、はじめて「階級として形成」されるのではないだろうか。これが100年を経たレーニンの「何をなすべきか」ではないか。
廣瀬氏の講演内容の中で述べられた、現代世界を覇権の移行期とみる視点や、資本主義の本源的蓄積に関わる3つの視点など、重要な論点が多かった。現代社会をとらえる時に大切な視点だ。(秋田勝)
