
SNSの功罪 動いた「民意」の背景
議会の全会一致で不信任とされた知事が、失職の後の出直し選挙で再選という衝撃的な結果となった兵庫県知事選挙。知事の失職をめぐる一連の経緯からすれば、まさに驚きの結果であった。異例の選挙戦は選挙後も、デマ・中傷などによる名誉毀損をめぐる刑事告訴、知事側の公選法違反疑惑の浮上や、それをめぐる刑事告訴(今後は捜査へ)など、波紋は収まらない。
明らかになっているのは、SNSの影響で選挙戦の最中に「民意」が大きく動き今回の結果をもたらしたことである。さまざまな論評やコメントが出されているが、改めていま、異例ずくめの選挙戦で何があったのかを振り返り、どういう問題が提起されてきたのかを共に考えたい。
公選法の想定外の事態
問題のひとつは、現行の公選法が想定していない事態が今回の選挙で起きたことだ。それは「自分の当選のためではではなく、斎藤元彦前知事の応援のために立候補した」という立花孝志N党党首の「参戦」である。彼は、SNSや動画配信サイトを駆使しデマや誹謗、個人のプライバシーの暴露まで大量の煽動的な情報を発信し、斎藤氏を援護、ネット世論の形成に大きな役割を果たした。
あるSNS調査会社の報告では、立花氏は知事選告示日から投票日前日までに自身のユーチューブチャンネルで100本以上の斎藤氏支援の動画を投稿し、その総再生数は計1500万回弱に達したとされている。また、彼は街頭でも斎藤氏とのセットを意識した行動を各所で展開し、斎藤陣営の援軍になりきったのである。
だが、こうした手法が許されるならば、資金にモノを言わせ、特定の候補を勝たせるために何人も候補者を擁立することができる。とても公平な選挙とは言えない。民主主義の名で自ら民主主義を壊していく行為である。
SNSの大きな影響
さらに重要な問題のひとつは、今回の選挙結果に大きな作用を果たしたSNSや動画サイトなどを利用した選挙活動をどう考えるかということだ。選挙期間中でもSNSには公選法上の規制がなく、自由な空間となった。
一つの資料がある。投票に際して何を参考にしたかというNHKの出口調査では、テレビと新聞がそれぞれ24%なのに対し、SNS・動画サイトは30%と前者を上回った。そして、このうちの70%以上が斎藤氏に投票した。この傾向は年代によって差があり、新聞を読まずテレビもあまり見ないという若い世代では、この傾向はさらに顕著で斎藤氏の得票結果はこのことに対応している。
もちろん、氏の政策や知事としての実績を評価する支持層があったことは事実だが、選挙戦の様相を大きく変え、投票率を前回よりも14・55ポイント上回るほどに押しし上げたのは、間違いなくSNSや動画投稿の効果だ。街頭演説にかけつけた斎藤支持者たちの声からも、これらによるメッセージの大規模な拡散の影響が証明されている。今後、こうした作戦がさらに拡大するのは不可避だろう。
筆者の目にも、斎藤氏の猛追・逆転を実現させた急速な支持の拡大は、明らかにフィーバー的なムーブメントが起こり、それが大衆を動かすうねりとなったことでつくられたもののように映った。街頭演説の聴衆は加速度的に増え、最終日の神戸では1万人にものぼるなど、かつてない選挙戦の光景と生まれた。
動いた民意の背景は
そこで問題なのは、なぜSNSに影響されてこうも世論が動くのかということであり、その背景に何があるのかという問題だ。今回、デマや誹謗・中傷が飛び交い、その真偽を確かめるためにネットを利用した人も多かった。その際、派生的な問題だがネット特有の現象である「フィルターバブル」も無視できない。自分の意見に近い情報ばかりが表示され、偏った情報に基づく判断が形成されやすい。
ただ、今回の選挙戦での斎藤陣営側のSNSの中では、デマをも含んで一つのストーリーが意識的につくられていた。描かれたストーリーは、「斎藤氏のパワハラ等の疑惑は捏造されたもので、知事追い落としの陰謀だ」というものだ。だから、「斎藤氏は悪くなく、『改革』を進めるいい人だ。応援しなければ」の声が多くの人々の心を動かし、「善意」による拡散も波及的に行われていった。
さらに注目すべきは、それが、《「既得権益勢力」に立ち向かう「改革派」》という構図にまで演出されていったことだ。既存のマスコミ、議会、百条委員会までもが批判・不信の対象となり、攻撃の的となった。
こうした気運を受け入れ、広がった今日的な「民意」。そのなかに日常の生活に不満が充満し、ポピュリズム、さらにはファシズムへと傾きかねない危険な土壌が形成されつつあるのではという危惧さえ感じる。(上野恵司)
*(週刊『新社会』に掲載された報告を筆者の了承を得て転載)
