解体新書

 先日のテレビ番組「開運! なんでも鑑定団」で、江戸時代の医学書である『解体新書(ターヘルアナトミア)』が出品された。鑑定の結果はなんと本物で、50万円の値が付いた。今からおよそ250年前、蘭方(らんぽう)医の杉田玄白や前野良沢らが死刑囚の腑(ふ)分け(人体解剖)に立ち会った時に携えていたのが、ドイツ人医師が出版した「人体解剖図」(オランダ語の翻訳版)だった。杉田らはその解剖図の正確さに驚がくし、日本語に翻訳して刊行したのが『解体新書』である。その偉業をなした杉田や前野の名は歴史に残り、現代の教科書にも載っており、誰でも知っているところだ。
 しかし、杉田らに実際に腑分け(人体解剖)をしてみせた人物のことは誰も知らない。それは幾十回も腑分けを行ってきた「賤民」の老人だった(『解体新書』にはその名前が記載されている)。主に東洋医学の知識しか持ち合わせていなかった当時の医師たちの頭にある人体図(※)とはまったく違う実際の人体の有様を、この老人は既に熟知していたに違いない。
 話は変わるが、子どもの頃、友人が私に「大阪城は誰が建てたか知ってるか?」と問うたことがあった。私が「太閤秀吉や」と答えると「ちがう、大工さんや」とからかわれた。あれから何十年たっても、その時のことが忘れられない。今ではその友人が言ったことの方がより本質的で、正しい認識なのではないかと思える。
 このように視点を変えてみれば、科学・技術、学問、芸術、芸能など現代の文明や文化のなかで、被支配階級とりわけ「賤民」によって切り開かれ、その血と汗によって築かれてきたものがどれほど多いことだろう。NHKの大河ドラマによってたたき込まれてきた「為政者史観」は、その一つ一つを洗い直す必要がある。
 さて、ようやく春が来たようだ。寺院の日本庭園の美しさにウットリしながらも、念頭に置きたいのは、この造園技術をなしたものは将軍や高僧たちではなく、中世市民社会における被差別民たちであったということだ。庭石一つ、樹木一本の配置や水の流れに「美」と「土木工学技術」を凝らしていったのである。今、格差社会の広がりの中で、人びとは底辺へ底辺へと追いやられているが、そもそもこの社会を創りあげてきたのは下層の民だったのだと胸を張って言いたい。

(※)江戸後期に西洋医学が輸入されるまでの東洋医学は、人体の構造をあまり重要視せず、独自の体系をもつものである。最近では東洋医学の漢方薬や針の効果を科学的・解剖学的に解明する動きもあり、期待したい。私自身も体質改善のために漢方薬を服用している。
(朽木野リン)