
昨年12月3日、「非常戒厳」を宣布した韓国のユン・ソンニョル大統領を韓国国会は14日、宣布を憲法違反だとして野党が提出した弾劾訴追案を可決。憲法裁判所は25年4月4日、裁判官8人が全員一致でユン・ソンニョルの罷免を決定しました。在日韓国研究所代表の金光男さんは、4月20日、京都市内で行われた講演会で韓国の状況を「銃声のない内乱状態」と呼びました。いま韓国で何が起こっているのか。金光男さんの講演を要約して紹介します。(文責/編集部)
全員一致で大統領を罷免
韓国の憲法裁判所は4月4日、「内乱首魁(首謀者)」のユン・ソンニョル大統領の罷免を、裁判官8名の全員一致で決定しました。この弾劾裁判の争点は5点ありました。①非常戒厳宣布が憲法や法律に定める要件に該当しているのか、②戒厳司令部布告令(第1号)は違憲・違法かどうか、③軍と警察を動員して国会を封鎖し、評決を妨害しようとしたのか、④令状なしに中央選挙管理委員会を捜索し、中央選管を掌握しようとしたのか、⑤政治家や法曹人などに対する逮捕を指示したのか、の5点です。
裁判では、請求人である国会のチョン・チョンネ国会司法委員長(民主党)が次のように主張しました。
①被請求人(ユン・ソンニョル)は戒厳令の条件に違反した。大韓民国は戦時状況でも、国家非常事態でもなく、兵力によって公共の安寧秩序を維持するほどの混乱はなかった、②ユン・ソンニョルは非常戒厳宣布の手続に違反した。国務委員の証言によれば、形式や手続において正常な国務会議(閣議)ではなく、現時点で国務会議の文書も存在しないと見られる、③ユン・ソンニョルは国会の機能を麻痺させようとした。非常戒厳を解除できるのは国会だけである。これは明白な国権紊乱(びんらん)の内乱である、④布告令第1号は政治活動の自由、政党活動の自由を保障した憲法第8条、言論出版の自由を保障た憲法第21条などに明らかに違反している、⑤戒厳軍が中央選管委を侵奪したことや司法府の主要人物を逮捕・拘禁しようとしたことは、すべて違憲である違法である。
こうした請求人の主張に対して、被請求人(ユン・ソンニョル)側の代理人は、①国会で一度否決された弾劾訴追を再議決したことは一事不再議の原則に反し憲法違反、②弾劾審判の対象から内乱の部分を除くなら国会の再議決が必要、③非常戒厳宣布は大統領の統治行為に該当し、司法審査の対象ではない、④非常戒厳は即時解除されたので、この件での弾劾訴追は弾劾訴追権の濫用、と反論しました。
またユン・ソンニョル自身は、「武力で国民を抑圧する戒厳令ではなく、『巨大野党の暴挙』を戒厳令の形を借りて国民に訴えただけ」(最終弁論)、「実際には何も起きていないのに、まるで湖上に浮かぶ月の影のようなものを追いかけているような印象を受けた」(第5次弁論期日)、「(12・3非常戒厳は)平和的な対国民メッセージの戒厳令であり、戒厳令とクーデターは異なる」(4月14日、刑事裁判第1次公判)などと主張したのです。
非常戒厳の様子はYouTubeなどで多くの人が目撃しています。にもかかわらず、ユン・ソンニョルはこのような突拍子もない主張したのです。これがソウル大学法学部を卒業して、検事総長まで登りつめた人物の言うことかと失笑を禁じ得ません。
判決は歴史的な名文
そして4月4日、ムン・ヒョンベ憲法裁判所長権限代行は「ただ今の時刻は午前11時22分、被請求人の大統領ユン・ソンニョルを罷免する」と言い渡したのです。8人の裁判官全員が①非常戒厳宣布、②布告令第一号、③国会封鎖・侵入、④中央選管委封鎖・侵入、⑤主要人物逮捕・拘禁指示の5点すべてにおいて違憲であると判断で一致しました。
この判決文は名文と言われています。いま韓国の若者たちはこの判決文を書写しているようです。この文章には難しい法律用語はまったくありません。法律の知識のない人でもストレスなく読むことができる名文です。
この判決文のポイントは三つあります。一つは、大統領の違憲・違法行為は国民の信任を裏切ったもので、憲法主語の観点から容認できない法律違反行為に該当すると断じたことです。二つ目は、大統領の違法行為が憲法秩序に及ぼした否定的な影響と波及効果は重大であり、大統領を罷免することによって得られる憲法守護の利益は、大統領罷免に伴う国家的損失を圧倒するほど大きいと認めたことです。そして三つ目に国会が迅速に非常戒厳解除要求決議を議決することができたのは、市民の抵抗と軍・警の消極的任務遂行のおかげであると言及し、非常戒厳を解除させた主役は市民の抵抗であると憲法裁判所が認めたことです。
メディアの反応
さて、今回の罷免決定にかんする日米のメディアの反応をみてみましょう。米国のニューヨークタイムズは戒厳令から大統領弾劾にいたる4カ月間を「韓国民主主義の回復力を示した」「韓国民主主義が無謀な指導者に勝った」(4月5日)と評価しています。
それでは日本のメディはどう伝えたでしょうか。読売の社説では「民主主義」という単語が一カ所もでてきません。そして結論は、「大統領選では、反日的な発言をしてきた左派系最大野党のイ・ジェミョン代表が支持率で独走している。… 安定した日韓関係の維持に繋がるか注視したい」というものです。
朝日の社説では「韓国は、安全保障環境が厳しさを増す北東アジアで、日本と価値観を共有してきた。今こそ、その民主主義の底力に期待したい」と述べているのですが、すでに韓国の「民主主義の底力」は示されているのです。
このように韓国の大統領罷免に対するニューヨークタイムズと日本の新聞の評価には、大きな隔たりがあります。これは日本の民主主義の劣化を示しているのではないかと思います。(つづく)
